【危険、願うな!】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
私たちは、反射的に
奇跡を願ってしまうのですが
奇跡を願うことは危険なのです。
無意識に願っている奇跡は
最小の努力で、最大の結果を
出すことを願っているのですが
数字で表すとしたら
1の原因で10の結果を
願うということです。
残りの9のギャップを
どこかで埋めるようになるので
奇跡を願うことは危険なのです。
奇跡が起こった場合
必ず代償を払うようになりますが
その代償は、どのように
支払うのかが分からないのです。
先に代償を払っておけば
あとは結果を待っていれば
いいのですが
先に結果が出た場合
何らかの形で
代償を払うようになります。
これは、宇宙の法則
原理原則なので
永遠に変わらないのです。
運勢が強い人は代償なくして
願った通りの結果が
実ってしまうことがあります。
いくら、運勢が強くても
法則、原則は変わりません。
法則、原則は全ての人に
平等に適用されるので
例外はないのです。
なので、運勢が強いがゆえに
敢えて抑えられることもあります。
あるいは、運勢の強さを
より大きな目的に
使われることもあります。
運勢が強いがゆえに
自分に実らないことがあり
実らないことで
バランスが保たれているのです。
幸い、今の時代は
奇跡が起こらないので
ある意味、守られています。
テクノロジーによって
現実的に成していけるので
奇跡のようなことが
必要なくなっています。
私たちが願うべきことは
奇跡ではなく導きなのです。
そして、導かれるために
最善を尽くす努力を
していくということです。
現実の歩みは
最大の努力をしても
最小の結果しか
与えられないのですが
最小の結果を
積み重ねていくことで
最大にすることができます。
導きというのは
霊的世界からの
協助なのです。
私たちの努力は
時間、空間の制限の中でしか
努力ができないので
霊的世界からの導き
協助がなければ
何事も成せません。
どんなに最善を尽くしても
限度、限界があるし
大したことができないのです。
大したことができないので
より投入する歩みが必要であり
投入し続けるしかないのです。
結果のコントロールはできないので
原因をつくることに投入し
最善を尽くしていけばいいのです。
霊的世界からの
協助がなければ
何事も成せないのですが
その協助は
私たちの都合に
合わせてくれるとは
限らないのです。
霊的世界の都合から協助されて
導かれていくのですが
霊的世界の都合は
分かりようがないので
常に準備をしていくしかないのです。
この世の私たちの
原因をつくる歩みと
霊的世界からの協助が
一致したときに
導かれて
与えられるのです。
目標を決めることは
必要なのですが
目標に見合った歩みを
目指すための目標なのです。
より大きなことを
目指していくことで
目指すことと歩みを
一致させることができ
歩む基準を上げることができます。
歩む基準を上げることで
投入することができ
最善を尽くすことができます。
そして、霊的世界の都合と
一致していけば
導かれて、結果が
与えられるのです。
自力と他力が一致したときに
導かれるのですが
自分の努力だけで成したと
勘違いしている人もいます。
勘違いしていても
法則、原則の通りに
歩んでいるので
霊的世界から
協助するようになり
導かれて与えられるのです。
自力と他力の一致を
悟ることによって
現実の環境の中で
最善を尽くすことができます。
そして、無駄に奇跡を願わないで
歩み続けることができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌