居酒屋夜話|咳ば覚えとった男

居酒屋夜話|咳ば覚えとった男

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店ば開けた


しばらく閉めとった店ば、昨日から開けた。

棚は留め直した。
割れたもんは処分した。

まだ何本か足りん酒があるばってん、
それはおいおいでよか。

開ける前に、いっとう気になったとは、
客のことやった。

うちに来よった人たちが、
どうしとるやろか、と。

ばってん、確かめようがなか。

連絡先ば知らん客が、
うちには何人もおるけん。

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連絡先も知らん二人


うちの常連に、
週一で来る若い兄ちゃんと、
月に二回来るおっちゃんがおる。

二人は連絡先も知らん。
名前も知らんはずたい。

カウンターで隣になる時もあれば、
離れて座る時もある。

たまに天気の話ばして、
あとはそれぞれ黙って飲みよる。

その程度の間柄たい。

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最近あの人来てます


先月のことやった。

兄ちゃんが座って、
一杯目ば頼んだあとに聞いてきた。

大将、最近あのおっちゃん来てます。

先週来とったばい、て返したら、
ああ、とだけ言うて、
ほっとした顔ばした。

なんでや、て聞いたら、こう言うた。

前に隣なった時、
えらい咳しとったけん。

たったそれだけやった。

名前も知らん。
仕事も知らん。
歳も知らん。

ただ何回か隣に座っただけの人間の咳ば、
この兄ちゃんは覚えとった。

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おいも知っとった


正直に書くばってん、
おいもその咳は知っとった。

三月も四月も、
同じ咳ばしよったけん。

カウンターの内側におったら、
そりゃ聞こえる。

ばってん、おいは何も言わんかった。

客の体のことに口ば出すとは
野暮やろ、と思うとった。

飲み屋の大将が
そこまで踏み込むもんやなか、と。

兄ちゃんの話ば聞いた晩に、
それは違うな、と思うた。

野暮やなかった。
ただの逃げたい。

言うて嫌がられたら面倒くさか、
という気持ちが先にあった。

そこば野暮という言葉で
きれいに包んどっただけばい。

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ほうね


次におっちゃんが来た時に、伝えた。

若い子が、
あんたの咳ば気にしとったばい。

おっちゃんは、
きょとんとした顔ばした。

誰のことか、
本当に分かっとらん顔やった。

しばらくして、ほうね、とだけ言うた。

それだけたい。

礼も言わん。
話も広がらん。

いつも通り、
焼酎ば一杯だけ飲んで帰った。

ばってん、暖簾ばくぐって出ていく時、
背中がちょっとだけ伸びとった。

おいが見た変化は、それだけばい。
そのあとどうしたかは知らん。

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昔のおい


この話ば書きたかったとは、
思い出したことがあるけんたい。

おいが全部なくして、
昼間から公園で飲みよった頃の話は
前に書いた。

あの時、隣に座ってきたじいさんは、
おいが畳んだ店の常連やった。

おいは、その顔ば覚えとらんかった。

十年通うことになる師匠のことば、
おいはカウンターの内側から
いっぺんも見とらんかった、ということたい。

見とらん側が、見られとった。

気にかけとらんかった相手に、
気にかけられとった。

あの兄ちゃんとおっちゃんの話は、
おいにとっては
そういう話やった。

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方角の話


おいは暦で人の動く日と方角ば読んどる。

方角ていうと、
どこに行くかの話やと思われる。

ばってん、おいの見方はちょっと違う。

方角ていうとは、
誰の方に足ば向けるか、たい。

鑑定に来る人は、たいてい
自分は一人やと思うて来る。

誰も見とらん、
誰にも相談できん、と。

そういう人の話ば聞いていくと、
だいたい二人か三人は出てくる。

名前も出さんまま、
話の端に出てくる人がおる。

その人の方角が、
たいてい、動いてよか方角と重なる。

理屈で説明できる話やなか。
おいの経験でそうというだけたい。

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今夜の一杯


あんたの咳ば覚えとる誰かが、
どこかにおる。

言われとらんだけたい。

こういうことがあった後やけん、
なおさら書いとく。

あんたが覚えとる誰かの咳も、
たぶん、まだ言えとらん。

今夜のうちに、
どっちか片方ばやってみんね🌙

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この店の鑑定について


おいは九星気学と暦で、
あんたの動く日と方角ば読んどる。
品書きは三つだけたい。

まずは行き先と日取りだけ知りたか人へ。

ひと月まるごと、動く日と避ける日ば並べたとがこっち。

半年先まで、流れごと一枚の地図にしたとが本命たい。

どれにするか迷うたら、
いちばん上のからでよか。

方角がひとつ決まるだけでも、
足の出し方は変わるけんな。


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