カピバララクダ
おはよう! こんにちは! こんばんわ! 僕は幸せに生きることを目指している! だから幸せとは何かというものを探求している。 幸せが体だとすると、体のパーツに当たる、いわば幸福の部分があるのではないかと思う。 その1つにはストレス耐性がある事が含まれると僕は思う。 これは幸福な人に共通する性質だと思っている。 ところで、このストレス耐性というのは、自分の努力で身につけることができるのだろうか。 僕はできると信じている。 なぜなら、僕が身につけたから。 苦しい時、人はパニックになる。 何をすれば楽になるかもわからないし、自暴自棄になったり鬱になったり、苦しい思いのループに入って抜け出せなくなる人もいる。 じゃあどうすれば抜け出せるのか。 僕は、自分の認識が誤っている可能性も疑いつつ、原因をしっかり追求すれば、いつかは必ず抜け出せると思う。 もちろん大きな効果がある。 感情的になっているときは自分のネガティブな意見は肯定するくせに、ポジティブな意見は全く受け入れようとしない。 でも本来物事にはポジティブな面もネガティブな面もあると思う。 だから、苦しくて感情的になっているときこそ、 事実に基づいた客観性を保つ必要がある。 苦しいから客観性を失うのに、苦しい時に客観的になれるのかよ! ぼくはなれると信じている。なぜなら、何度も苦しい時にこの方法で立ち直れたからだ。 そして心が苦しくなった原因も追求しなければならない。 最終的に僕達が同じ苦痛を繰り返さないようにするには、原因を追求しなければならないのだから。それに原因がわかればストレスに感じていた事がストレスに感じなくなることもあるものだ。 例えば、彼が僕に大変な無礼をはたらいた。 無知な者なら、知らずに無礼を働くだろう。 知らないという意味で、彼は正しいことを判別できていないのだ。 正しいことを判別できていないというのは、 正しい事に関して盲目な人だといえるだろう。 私は、一体盲目な人に対して、目が見えないからといって怒鳴りつけるだろうか。 むしろ丁寧に、導いてあげるべきではないだろうか。 彼自身が拒むなら、それは彼が自分の目を潰しているようなものだ。それならどうしてそれ以上自分が悩む必要があるだろうか。 こう考えることもできる。 つまり、認識こそストレスの解消に大きな関係があるように僕は思う。