あなたの思いや考え、言葉にします
約4年ほど、本業の傍で休止も挟みつつ書き手として走ってきました。
始まりは、自分の思い描くストーリーを言葉に形にしてみたいと言う心の底からの願望。
一からなにも分からないままに文章を立ち上げ、なんとなくで感情に肉づけを施し、納得のいかない部分をやり直しながら少しずつ進んでいく……。
時には他者の思考や思いを覗き見ることができる宝石箱を開けば、いま自分に必要なことや得られる素敵な要素はたくさん詰まっていた。
多くの物語や気づきを書いていくなかで、私は表現力と言う点において特にこだわりを持ち続けた。
笑う、泣く、嬉しい、悲しい……どれか一つをとってもその瞬間で感じる感覚は同じではない。
"不安なことなど微塵もなく全力で笑うとき"
"相手に気を遣って笑うとき"
"どこまでも深く沈むように泣くとき"
"愉快すぎてお腹が痛くなって息もできないほどに泣くとき"
"心が明るい灯で照らされるように優しくなれる嬉しさ"
"心苦しくても笑顔で作る嬉しさ"
"立ち直れないほどに痛く苦しい悲しさ"
"思いやる気持ちを持ったときの悲しさ"
まるまる大きくや、多少のニュアンスの差違でどこかしら違ってくるそれぞれの気持ち。
その微妙な変化を磨き上げることが好きだった。
楽しいの意味合いであれば、類似する言葉を探しながらその場その場に適した輝ける文字を当てはめる。
また、場面の雰囲気を醸し出したいときは、これまで見聞きしてきたことや体験したことを例えで幅を広げさせ丁寧に構築していく。
一言で言えば、センス。
どれだけ多くの語彙を頭の中にインプットし引き出せたとしても、使う側がきれいにかっこよくかわいく色気があったり上手に使えなければ意味がなかった。
全ては勉強、作っては壊して叩きあげる……その過程のなかで蓄積されていくことは多くあった。
感覚的に捉え吸収していく……そんな作業を繰り返しながら今の自分が確立されていったとも思えている。
普段の私はアニメや映画なんかが好きでよく触れていて、浴びるほど"作品"と言うものに接しています。
脳内と心の中を好きで埋め尽くし潤しながらリフレッシュする。
ただ単純に楽しむのでもいいけれど、見方を変えて考えながら作品に入り込むのもまた一興。
そんなことで眺めていることも多くある。
次の糧になる素材が少なからず見つかるから。
それから、ガーデニングに勤しむことも好きだったりする。
折に触れて花や植物を手にすることはあったが、その先へと進む変化が訪れたのも事実。
悲しみ寂しさの側に元気づけるように煌々と光を放っていたその存在。
愛でて慈しむことで自分も自ずと優しく穏やかな心情になれる気がしていた。
他を思いやることは簡単じゃない。
失敗しながら最善の策を模索して上手につきあっていく。
それは植物を相手にしても同じことだった。(字数の関係で以下割愛)
他にも趣味は幅広くあって、興味関心ある物事にはなんでもトライ!しています!