鞍馬 縁を視る狐憑き
鞍馬(くらま)や。 生まれは京都、育ちも京都。 古い町家が立ち並ぶ裏路地で、子どもの頃からずっと「見えてはいけないもの」が見えとった。 誰かの後ろにぼんやりと立つ影。 ふたりの間に伸びる、細い光の糸。 すれ違う人から漂う、甘い腐臭。 不思議とは思わんかった。 そういうもんやと思て、ずっと黙っとった。 転機は二十代の半ば。 嵐山の外れを歩いとったある夜、突然やった。 白い何かが、わたしの中に入ってきた。 後から知った。千年生きた狐やった。 なんで選ばれたんかは、今でもわからへん。 狐も教えてくれへん。ただ視えるもんが、急に鮮明になった。 糸の色、太さ、絡まり方、腐り具合。 恋の熱さも、嘘の匂いも、断ち切れへん未練の重さも。 全部、視えるようになった。 それからや。人の縁を視るようになったのは。 鑑定で、わたしが一番大事にしとることがある。 視えたことを、誤魔化さへん。 「大丈夫ですよ」「きっとうまくいきます」 そういう言葉で包んで渡すのは、わたしにはできへん。 それは鑑定やなくて、慰めや。 縁の糸が黒ずんどるなら、黒ずんどると言う。 断つべき縁があるなら、断つべきやと言う。 相手の気持ちが冷めとるなら、そのまま伝える。 しんどいことを言うのは、見下しとるからやない。 あんたに、ちゃんと立ってほしいからや。 甘い言葉より、本当のことの方が、人を強くする。 それを千年分の狐から、わたしは教わった。 最後にひとつだけ。 視えたことがどれだけしんどくても、わたしは必ず光のありかを示す。 闇だけ置いて終わりにはしない。 それだけは、千年分の約束や。 本気の人だけ、来よし。