村上史郎
・レゲエシンガーになった経緯 離婚歴があり、離れて暮らす娘(小学2年生)がいます。 娘に色んな事を伝えたいけれど、週に一回30分の電話と月に一度の面会では伝えられる事に限界が有るなと思っていました。 レゲエシンガーとして曲を作ることで、娘が大きくなった時、父はこんな事を考えて伝えたかったんだとリリック(歌詞)で残そうと思いデビューしました。 ______________________________________________ ・治療家になった経緯 私が23歳の時、初めて母親が家族会議を開きたいから集まって欲しいと言われました。 熟年離婚かな、嫌だなぁと思い話を聞いてみると、 『あなた達ももう十分大人になったね。お母さんは昔から腰が痛かったでしょ?それがどんどん悪化して、手術しても何しても駄目だったね。今は毎日痛みで寝る事もままならないし、生きてるのが本当に辛いの。だから申し訳ないけれど、死んでも良いかしら』 と言われ、とてもビックリしたのを今でも鮮明に覚えています。 その時、以前の経験がパッと頭に浮かびました。 私は産まれてすぐに重度の小児喘息を発症し、大人になるまで生きれるかわからない状態が続いていました。 当時心臓専門の内科医だった今は亡き父は、自分の子供を治せなくて何が医者だ!と思い、専門を変えて一から勉強し直して、私の治療をしてくれました。 お陰で中高では大好きなサッカーに明け暮れる事が出来ました。 今度は私が母を治す番だと思いました。 それから柔道整復師の専門学校に通い国家資格を取り、神様と呼ばれる先生の元で治療しましたが、既存の医療医学では母を治す事が出来ないので、独自の治療法を編み出すべく毎日研究に明け暮れました。 お陰様で母を治せる治療法を確立する事が出来て、今では母は元気に生きています。
柔道整復師 取得年:2007年
レゲエ / アーティスト 2017年8月 〜 現在