ここ数日の間に、僕の潜在意識が僕自身に、非常に力強いメッセージを投げかけていたことに気づきました。
それは、まるで「もう、そろそろ動きなよ」と背中を押されるような、不思議な出来事の連続でした。
事の発端は、格闘技が好きではないにもかかわらず、なぜか「飛び蹴り」の画像を立て続けに3回も目にしたことでした。芸人、格闘家、そして中年の親父。全く違う人たちが、同じように「飛び蹴り」をしている。
これは一体何だろう、そう思い、僕はタロットカードを引いてみることにしました。
なぜ、タロットカード?
僕の中でこんなイメージをもっています。
タロットカードは、偶然に引いた一枚の絵柄が、なぜかその時の自分に必要なメッセージを語りかけてくる不思議なツールです。それは、僕が信じている「人生に偶然はない。全て必然」という言葉に、深く繋がっています。おみくじやタロットカードは、すべて今の自分に必要なことを知らせてくれる、必然のメッセージだと考えています。
これは、心理学者のユングが提唱した「シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)」という概念で説明できます。タロットカードを引くという行為は、その時のあなたの心の状態や、潜在意識が抱えている問いが、タロットカードという普遍的な象徴体系(集合的無意識)を通して、偶然という形を借りて「必然の答え」を可視化するプロセスなのです。
つまり、カード自体に不思議な力が宿っているというよりも、カードを引くあなた自身の潜在意識が、その時に最も必要なメッセージを「選んでいる」と考えるのが、タロットの本質です。
だからこそ、「飛び蹴り」という現象に気づき、その必然性を探るためにタロットカードを引いた行為自体が、すでに素晴らしい自己探求の始まりだったのです。
カードが示したのは、「審判の正位置」。
このカードは、「再生」「復活」「人生の大きな転換期」を意味します。
僕はその時、ああ、潜在意識は僕に「古い自分を終わらせ、新しい自分に生まれ変わる時が来た」と告げているのだと直感しました。
なぜ今、この「審判」の時が来たのか。
その答えを探すため、僕は過去の自分と向き合う内観ワークを試みました。中学生の時のクラスメイトを突然思い出した、あの記憶の糸を辿ってみることにしたのです。
ワークを通じて見えてきたのは、僕という人間の成功と失敗の根源でした。
小学生の頃は、スポーツに夢中になり、自信に満ちあふれていました。
しかし、中学生になり、周りの変化に適応できず、人間関係に苦手意識を持つようになったことで、自信を失い、夢中になるものを見つけられなくなっていたのです。
「自信」と「熱中」が満たされていた時は、人生が面白かった。その二つを失ってからは、ただ「なんとなく」生きていた。
この事実に気づいた時、僕は中学時代の自分に「自信をもって生きよ。なんでもいいから、やってみて夢中になるものを見つけな。人生が面白くなるから。自信が付くから」
と、心の中で語りかけていました。これは、過去の自分へのアドバイスであると同時に、今の自分への最も重要なメッセージだったのです。
そうです、僕という人間は、「自信」と「熱中する力」を失った時に、停滞してしまう。この気づきを得て、僕は点と点が線で繋がるのを感じました。
「飛び蹴り」の画像は、まさにその停滞した古い自分を打ち破り、新しいステージへと「飛び出す」ための、潜在意識からの力強いサインだったのです。
そして、「審判」のカードは、この再生のプロセスが、今まさに始まっていることを教えてくれていたのです。
僕は、この一連の出来事を通して、何を手放し、何を持ち続けるべきかを明確にしました。
手放すべきは、過去から引きずってきた「劣等感」や「他者からの評価を気にしすぎる気持ち」、そして何よりも「無関心」という心の壁です。
持ち続けるのは、幼少期から持っていた「純粋な好奇心」と「熱中する力」、
そして「困難に立ち向かう勇気」です。
今、僕の目の前には、新しい未来へと続く道が開かれています。この道は、誰かが敷いてくれたものではなく、僕自身が過去の自分と向き合い、自らの手で切り拓いた道です。
さあ、古い自分にさよならを告げ、新しい自分へと生まれ変わる時が来ました。あの時の「飛び蹴り」の衝撃を胸に、僕はこの人生の旅路を、再び夢中になって歩んでいこうと思います。
あなたにも、内なる声に耳を傾けてみませんか?
きっと、あなたの魂もまた、何かのメッセージをあなたに伝えようとしているはずです。
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