聖杯の3には、杯を高く掲げた三人の女性が描かれています。そのうち、まんなかの一人だけは、こちらに背中を向けていて顔が見えません。
月詠ソラです。誰かに片思いされてる気がする、でもそれが誰なのかは分からない。そんな問いでこの札が出たときの読み方を、今日はこの顔の見えない一人のところから、絵に沿ってたどっていきます。
もしあなたが、
・特定の誰かを好きなわけではないけれど、最近、誰かに好かれているような気配を感じる
・職場や友人の集まりの中に、自分を想っている人がいる気がするのに、見当がつかない
・「誰かに想われているか」を占って聖杯の3が出たら、「友達止まり」「三角関係」という解説が出てきて戸惑っている
・気のせいかもしれないと何度も打ち消しながら、それでも気になっている
ひとつでも重なるところがあれば、この先を読んでみてください。
■ 三人いるから、三角関係?
聖杯の3は、祝いの札と言われてきました。杯を合わせて喜びを分かち合う三人の姿から、友情や、仲間とのお祝いごとを表すとされています。恋愛の問いでこの札が出ると、「恋人よりも友達として見られている」「三人目がいる、三角関係の暗示」と紹介されることがあります。
人が三人いれば、三角形を思い浮かべたくなるのは自然なことです。ただ、絵の中の三人は、誰かを奪い合う形には描かれていません。
■ 背を向けたまんなかの人
左の女性は白っぽい衣を着て、顔をこちらに見せています。右の女性は髪に葉の冠をのせ、褐色がかった橙の上着の下に白い裾がのぞいていて、下ろしたほうの手にはぶどうの房を提げています。まんなかの女性は赤い衣をまとい、背中をこちらへ向けたまま、杯をいちばん高く掲げています。踊りの途中なのか、片方の足が地面から浮いています。
三つの杯は、三人の頭の上で近くに集まっています。足もとは黄みを帯びた大地で、左には橙の実をつけた茂み、右の手前にはかぼちゃやぶどうが転がっています。空は淡い水色です。
二人は顔が分かります。分からないのは、いちばん高く杯を上げている人だけ。「誰かに想われているか」の問いでこの札を読むとき、わたしはここを大事にしています。場のまんなかに熱ははっきりあるのに、その持ち主の顔は、こちらからは見えていない。この絵は、その状態をそのまま描いています。
もうひとつ。三つの杯は、誰か一人に差し出されてはいません。三つとも同じ空へ向けて掲げられています。誰が誰を想っているのかという矢印は、絵のどこにも引かれていないのです。
■ 衣と杯のあたりに色を視る
この札で色を視るのは、まんなかの人の赤い衣と、三つの杯が集まる頭上のあたりです。衣は顔の見えない想いの温度を、杯のあたりはその想いがどんな場の中にあるのかを映すものとして読んでいます。
赤い衣に視える、紅緋(べにひ)
紅花の赤に黄みを重ねた、鮮やかな緋色です。
誰かに想われているかを視る場で、背を向けた衣に紅緋が濃く視えるときは、あなたに向かう気持ちに、薄くはない温度があるのかもしれません。ただ、紅緋をまとっているのは、顔の見えない人の背中です。温度があることと、それが誰のものか分かることは、ここでは別になっています。熱は伝わってくるのに名前が浮かばない、あの落ち着かなさに、いちばん近い色です。
杯のあたりに視える、黄朽葉(きくちば)
秋に色づいて落ちた葉のうち、黄みの強いものの色です。実りの季節の、乾いたあたたかさがあります。
絵の三人は、収穫を祝っているのだと言われています。杯のまわりにこの色が視えるときは、あなたに向く好意が、集まりそのもののあたたかさの中に混ざっているのだと読んでいます。親しみと好意が同じ光の中にあって、どこからどこまでがあなた一人に向けられたものなのか、いまはまだ取り分けられない段階。気配があるのに誰だか分からないのは、あなたの勘が鈍いせいではなく、想いがまだ場の明るさから離れていないからなのかもしれません。
■ 誰が誰を、とは描かれていないから
心当たりのある人が浮かんでいるなら、まんなかの人にその人を重ねて読むこともできます。そのときも、絵の中の彼女はこちらを振り向いていません。顔を確かめられないぶん、その人だと決めてしまわずに、その人かもしれない、くらいの距離で読むほうが絵には沿っていると思います。
思い当たる人がいないときは、三人のうちの誰なのかを、無理に探さなくても大丈夫です。友達止まりと読まれることの多い札ですが、絵の中で何かが止まっている様子はありません。描かれているのは、まだ誰の想いとも名指しされていない賑わいです。
それから、ひとつ正直に書いておきます。聖杯の3が出たからといって、誰かに片思いされているとこの一枚で言い切ることはできません。明るい輪があることまでは読めても、その中に恋と呼べる想いがあるのかどうかは、隣に並ぶカードと合わせて視ていくことになります。
顔の見えない気配のまま、色で視ていく鑑定もしています。そのことは、いちばん最後に少しだけ。
■ 気配だけがある日々のこと
誰かに想われている気がする、という感覚は、確かめようとするほど輪郭がぼやけていくものだと思います。振り向いても、誰もこちらを見ていなかったりする。
まんなかの人の顔が見えないのは、描き忘れたからではないはずです。顔が見えないまま、杯はいちばん高く上がっている。この絵は、そこまでを描いています。
紅緋の温度がいつか誰かの顔と結びつくのか、黄朽葉の明るさの中にとどまったまま季節が過ぎていくのか、いまはまだ分かりません。分からないあいだも、輪の中で笑っている時間を、誰かを探すための時間に変えてしまわなくていいのだと思います。三人が杯を上げているのは、その場が楽しいからです。
━━━ 名前のないままの相談も ━━━
名前の浮かばない気配のことを、名前のないまま相談してもらって大丈夫です。
鑑定メニュー「誰かに想われているか、その気配を色で視ます」では、あなたに向いている想いがあるのかどうか、あるならどんな色をしていて、どれくらいの濃さなのかを、カードで視てお伝えしています。心当たりの人がいるときはその人とのあいだを、いないときはあなたのまわりにある想いの色と、これから近づいてくる出会いの気配を視ていきます。何人か思い浮かぶときは、その方たちの想いの色を、濃い順に視るオプションもあります。鑑定書は1,500字以上、お届けは1日を目安にしています。
背中しか見えない誰かの話でも、隣で一緒に視させてください。
月詠ソラ