私のブログをご覧いただき、心から感謝いたします。
精霊霊視師の真です。
私は、バリ島に伝わるBalian Ketakson(バリアン・クタッソン)の教えをもとに、精霊を媒介とした「精霊霊視」を行っております。
バリでの活動を含めた鑑定歴は28年目。
これまでに1万件を超えるご相談と向き合ってまいりました。
日本での鑑定歴は13年目となります。
現在は、恋愛、復縁、お相手の気持ち、ご縁、人間関係、仕事、人生についてのご相談を中心に、守護精霊、過去世、霊的感受性、浄化、ヒーリングなども拝見しております。
しかし私は、幼い頃から
「いつか霊視を仕事にしよう」
と思っていたわけではありません。
むしろ、その反対でした。
人には分からないものを感じてしまうこと。
相手が口にしていない感情まで伝わってくること。
それは幼い私にとって、「力」などではなく、どう扱えばよいのか分からない苦しさでもありました。
今回は、
なぜ私が精霊霊視師として、この道を歩むようになったのか。
そのお話をさせていただければと思います。
私にとって、バリは最初から「楽園」ではなかった
私は幼い頃、両親の転勤をきっかけに、インドネシア・バリ島で暮らすことになりました。
バリと聞けば、
青い海。
深い緑。
美しい寺院。
毎日のように捧げられる花や供物。
そして、街のあちこちから漂う祈りと香の気配。
「神々の島」と呼ばれる、美しく神秘的な土地を思い浮かべる方も多いでしょう。
もちろん、私にとってもバリは大切な場所です。
ですが、幼かった私が最初に感じたのは、その美しさだけではありませんでした。
言葉が違う。
文化が違う。
人との距離感も違う。
周囲で交わされている言葉を十分に理解することができず、どう振る舞えばよいのかも分からない。
人の輪の中にいても、自分だけが少し離れたところにいるような感覚がありました。
幼い私にとって、異国で暮らすということは、決して簡単なことではなかったのです。
言葉は分からないのに、なぜか「気持ち」は分かる
そんな生活の中で、一つだけ不思議なことがありました。
相手が話している言葉そのものは分からない。
それなのに、
その人が何を感じているのかだけは、なぜか伝わってくる。
笑っていても、本当は悲しんでいる。
穏やかに話していても、心の奥には怒りがある。
何も言っていないのに、強い不安を抱えている。
時には、表情や声から受ける印象とはまったく違う感情が、自分の中へ流れ込んでくるように感じることもありました。
当時の私は、それを「霊能力」だとは思っていません。
ただ、
なぜ自分はこんなに人の気持ちに疲れてしまうのだろう。
そう感じていました。
人が多い場所へ行くと、理由もなく疲れる。
ある人のそばにいると、自分まで悲しくなる。
場所によっては、入った瞬間に空気が変わったように感じる。
反対に、不思議なほど心が静まる場所もありました。
けれど、それが自分自身の感情なのか。
誰かから受け取ったものなのか。
場所から感じているものなのか。
幼かった私には、区別する術がありませんでした。
Balian Ketakson(バリアン・クタッソン)の世界との出会い
そんな私の人生を大きく変えたのが、Balian Ketakson(バリアン・クタッソン)の世界との出会いでした。
それまで私は、
人の感情や気配を感じてしまうことを、
「できることなら消してしまいたいもの」
と考えていました。
しかし、バリには、目に見えるものだけですべてを判断しない世界観があります。
バリでは、私たちが普段目にしている現実の世界をSekala(スカラ)。
そして、精霊や祖先、神々など、目には見えない領域をNiskala(ニスカラ)と捉えます。
Balian Ketakson(バリアン・クタッソン)は、その二つの世界の間に立ち、目には見えない存在から届くものを受け取り、人へと伝える霊的な媒介者です。
そこで私は初めて、
自分が幼い頃から感じ続けてきたものを、
怖がるでもなく、
否定するでもなく、
「受け取り、見分け、正しく扱う」
という考え方に触れました。
私にとって、それは大きな転換でした。
「視えること」より難しかったのは、「見分けること」でした
霊的な修行と聞くと、
突然強い力が現れたり、
ある日を境に特別なものが視えるようになったり、
そのような姿を想像される方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、私がバリで学んだことは、もっと静かで地道なものでした。
祈り。
自分の意識を静めること。
精霊との向き合い方。
自分自身の感情と、外から受け取ったものを分けること。
何かを感じても、すぐに意味を決めつけないこと。
「こうであってほしい」という自分の願望と、実際に伝わってきたものを混同しないこと。
そして何より、
視えたものに、自分自身が振り回されないこと。
こうしたことを繰り返し学びました。
幼い頃から何かを感じること自体はありました。
ですが、それを「誰かの人生に関わる言葉」として伝えることは、まったく別のことです。
自分の思い込みを混ぜてはいけない。
相談者さまが望んでいる答えに寄せてもいけない。
反対に、感じたものを配慮なくそのまま伝えることも違います。
この考えは、鑑定歴28年となった今でも変わっておりません。
私が大切にしているのは、
何を視ることができるか以上に、視えたものをどう扱うか
ということです。
そして「精霊霊視」が形になっていく
修行を重ね、自分の感覚と向き合っていく中で、現在の私が行っている「精霊霊視」が少しずつ形になっていきました。
私の霊視では、相談者さまやお相手の表面的な言葉だけを追うのではありません。
その方を取り巻く精霊を媒介にしながら、そこから伝わってくるものを読み解いていきます。
伝わり方は、その時によって異なります。
感情。
言葉。
色。
人物。
風景。
温度。
気配。
象徴。
そして時には、過去の一場面のような情景として伝わってくることもあります。
それらを一つずつ紐解きながら、
「今のご相談と、何がつながっているのか」
を視ていきます。
たとえば、
「相手は私をどう思っていますか」
というご相談。
単に、
「好きです」
「気持ちはありません」
とお伝えするだけであれば、そこで終わります。
けれど、人の心はそれほど単純ではありません。
気持ちがあるのに、なぜ離れているのか。
会いたいのに、なぜ連絡をしないのか。
相手は何を恐れているのか。
二人の間に、今どのような流れがあるのか。
私は、その言葉になっていない部分まで丁寧に視ることを大切にしております。
気がつけば、鑑定歴28年・1万件を超えていた
バリでの活動を含め、鑑定に携わって今年で28年目となりました。
日本で本格的に鑑定を続けてからは13年目。
これまでに1万件を超えるご相談を拝見してきました。
恋愛。
復縁。
片思い。
夫婦関係。
仕事。
人間関係。
家族。
人生の転換期。
そして、
「なぜ何度も同じ恋愛を繰り返してしまうのか」
「頑張っているのに、なぜか人生が動かない」
「自分には人とは違う感覚がある気がする」
といった、言葉だけでは説明しづらいご相談も数多くあります。
1万件を超えるご相談と向き合ってきたからこそ、強く感じていることがあります。
それは、
同じ悩みは、一つとしてない。
ということです。
同じ「復縁」でも、別れた理由は違います。
お相手の気持ちも違います。
二人が歩んできた時間も違います。
そして何より、
相談者さまが心の奥で本当に求めているものも、それぞれ違います。
だから私は、決まった答えを当てはめるような鑑定はいたしません。
1万件を超えても、
目の前のお一人は「1万分の1」ではありません。
その時、私の前にいらっしゃる一人の人生として視る。
それが私の鑑定です。
私は「視えて終わり」の鑑定はしない
長く鑑定を続ける中で、私自身の考え方も深くなっていきました。
未来が知りたい。
相手の気持ちが知りたい。
そう思われることは、とても自然なことです。
苦しい時ほど、
「この先どうなるのか」
という答えが欲しくなるものです。
ですが、ただ結果を知っただけでは、人生が前へ進まないこともあります。
たとえば、
「相手には気持ちがあります」
とお伝えするだけでは、
なぜ関係が止まっているのかは分かりません。
「今は待ちましょう」
だけでは、
その時間をどう過ごすべきなのか分かりません。
だから私は、
なぜ今、この出来事が起きているのか。
お相手の心の奥では、何が動いているのか。
今の自分には、何が必要なのか。
そして、ここからどう歩いていけばよいのか。
そこまで一緒に読み解いていきたいと考えています。
浄化とヒーリングについて
ご相談によっては、
「最近、理由もなく重く感じる」
「人と会った後に強く疲れてしまう」
「ずっと停滞しているような感覚がある」
というお話を伺うこともあります。
必要に応じて、精霊とのつながりを介した浄化やヒーリングの祈念も行っております。
未来を無理に変えるためのものではありません。
今の自分に必要のない重さを少しずつ手放し、
ご自身が本来持っている落ち着きや感覚へ戻るためのお手伝いとして行っています。
私自身、人の感情や気配を受け取りすぎて苦しんできた時期があるからこそ、
「自分ではないものまで抱え込んでしまう苦しさ」
については、理解しているつもりです。
なぜ、今ココナラで鑑定をするのか
かつての鑑定は、ご縁や紹介によってつながることが中心でした。
しかし今は、
住んでいる場所に関係なく、
人には言えない悩みを抱えている方ともつながることができます。
誰にも相談できない恋愛をしている方。
ご家族や友人には話せない悩みを抱えている方。
夜、一人になった時だけ不安が押し寄せてくる方。
霊視を受けてみたいけれど、実際にどこかへ足を運ぶことには抵抗がある方。
そんな方にも、私の鑑定を届けることができます。
幼い頃、
言葉の通じないバリで、
誰にも説明できない感覚を抱えていた私。
だからこそ今、
言葉にできない想いを抱えている方の側に立ちたい。
そう思っています。
最後に
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
幼い頃の私は、
人の感情が伝わってくる自分を、扱いづらい存在だと思っていました。
「どうして自分だけ、こんなに疲れるのだろう」
「こんな感覚などなければいいのに」
そう思ったこともあります。
ですが、
バリでBalian Ketakson(バリアン・クタッソン)の世界に触れ、
目に見えるSekala(スカラ)と、
目には見えないNiskala(ニスカラ)の間にあるものを学び、
長い時間をかけて修行を重ね、
そして1万件を超える方々の人生と向き合ってきた今。
幼い頃のあの経験も、
決して無駄ではなかったと思えるようになりました。
私がしたいのは、
未来を怖がらせることではありません。
人生を決めつけることでもありません。
目に見えない世界から届くものを読み取り、
今を生きるあなたが前へ進むための言葉に変えること。
それが、私の役目です。
もし今、
誰にも言えない想いがある。
相手の気持ちが分からず苦しい。
何度考えても答えが見つからない。
なぜ人生が動かないのか分からない。
そんな状態にいらっしゃるのであれば、
無理にきれいに説明しなくても構いません。
気持ちがまとまっていなくても構いません。
誰にも話したことがない内容でも構いません。
あなたの言葉の奥にあるものまで、精霊とともに静かに視てまいります。
一つひとつのご縁を大切に。
そして、目に見えない世界から届くものを、現実を歩むための光へ。
それが、精霊霊視師としての私の願いです。
真