――啐啄同時(そったくどうじ)という言葉から考えること
人生には、今のままではいけないと分かっているのに、なかなか一歩を踏み出せない時があります。
変わりたい。
前へ進みたい。
本当は、もう答えも薄々分かっている。
それでも、何かが引っかかって動けない。
そんな時に思い出したいのが、「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉です。
「啐(そつ)」と「啄(たく)」は、何を意味するのか
「啐啄同時」は、卵から雛が生まれる瞬間を表した言葉です。
卵の中で十分に育った雛は、外へ出ようとして、内側から殻をつつきます。
この、雛が内側から殻を破ろうとする働きが「啐」です。
それに気づいた親鳥が、外側から殻をつつきます。
この、親鳥が外側から力を添える働きが「啄」です。
内側の「啐」と、外側の「啄」。
この二つが、ちょうどよい時に重なることで、雛は無事に殻を破り、新しい世界へ出ることができます。
どちらか一方だけでは、うまくいきません。
まだ雛が育っていないのに、親鳥が外から殻を割ってしまえば、雛は生きられません。
反対に、雛が外へ出ようと懸命に殻をつついていても、外からの助けがまったくなければ、力尽きてしまうことがあります。
大切なのは、本人が内側から変わろうとしている時に、外から適切な力が加わることなのです。
人にも「啐」の時がある
人間にも、卵の殻を破ろうとするような時期があります。
仕事を変えたい。
人間関係を見直したい。
苦しい恋愛から抜け出したい。
新しいことを始めたい。
本当の自分らしい生き方を選びたい。
心の中では、すでに何かが動き始めています。
けれども、自分一人では最後の一歩が踏み出せない。
「本当にこちらでいいのだろうか」
「間違っていたらどうしよう」
「今までのものを手放すのが怖い」
このように、内側から変化を求めながらも、殻を破れずにいる状態こそ、人生における「啐」なのかもしれません。
たった一枚の薄いものが、殻を破れなくする
以前、雛が卵から出ようとしている時、卵の表面に濡れたティッシュを一枚かぶせるだけで、殻を破れなくなる、という話を聞きました。
本来なら破れるはずの殻です。
雛にも、外へ出る力があります。
ところが、濡れた薄いティッシュ一枚が加わるだけで、その力がうまく伝わらなくなってしまう。
人間も同じなのではないでしょうか。
「どうせ無理だ」という思い込み。
過去の失敗。
誰かに言われた心ない言葉。
周囲への遠慮。
失うことへの恐れ。
どれも、分厚い壁には見えないかもしれません。
けれども、本人にとっては、その薄い一枚がどうしても破れない理由になっていることがあります。
そんな時、外側から誰かがその一枚をそっと取り除いてくれたら、状況は大きく変わるかもしれません。
占いは「答え」ではなく、「啄」のケースもある
占いというと、未来を当ててもらうもの、正解を教えてもらうもの、と思われがちです。
けれども私は、占いの役割は、それだけではないと考えています。
本人の代わりに人生を決めるものでも、無理に殻を割るものでもありません。
すでに心の中で何かが動き始めている人に対して、外側から小さく殻をつつく。
「本当は、こちらへ進みたいのではありませんか」
「今感じている違和感を、無視しなくてもいいのではありませんか」
「あなたの中には、すでに殻を破る力があるのではありませんか」
そのように、自分でも気づいていた思いを言葉にし、次の一歩を考えるきっかけを渡す。
占いは、その人の「啐」に応じる、一つの「啄」になれるのではないでしょうか。
「啄」は、占いだけではない
もちろん、「啄」になるものは占いだけではありません。
友人との何気ない会話かもしれません。
本の中の一文かもしれません。
先生や上司からの助言かもしれません。
偶然耳にした言葉かもしれません。
大切なのは、外から与えられた言葉を、そのまま正解として受け入れることではありません。
その言葉をきっかけに、自分の内側で何が動いたのかを感じることです。
心が強く反応したのなら、そこには、すでに自分自身の「啐」があったのかもしれません。
外からの言葉は、ゼロから何かを作ったのではなく、もともと自分の中にあった思いを目覚めさせただけなのです。
最後に殻を破るのは、自分自身
「啐啄同時」という言葉で、最も大切なのは、親鳥だけが殻を割るのではないということです。
雛もまた、自分の力で内側から殻をつついています。
誰かに助けてもらうことと、誰かに人生を任せることは違います。
人から助言を受けても、占いの言葉を聞いても、最後に選び、殻を破るのは自分自身です。
けれども、自分一人で何もかも抱え込む必要もありません。
「変わりたい」
「ここから出たい」
「新しい世界を見てみたい」
そう思い始めた時、あなたはもう、殻の内側から「啐」を始めています。
その時に出会う人や言葉が、外側から響く「啄」となり、思いがけず人生を動かすことがあります。
今、殻を破れずに苦しんでいる人も、まだ力がないわけではありません。
もしかすると、あと少しだけ、外側からの小さな一打を待っているところなのかもしれません。