占い師ヴィダスティア誕生の原点

占い師ヴィダスティア誕生の原点

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【幼少期に“見えていた”もの、そして祖母から受け継いだ力】
「特別な力がある」とは、小さい頃はまったく思っていませんでした。
何かが“見える”ことも、「自分だけなのか?」なんて意識すらせず、ただ「なんか今、変な感じだったな」程度で流していたのが本当のところです。

幼いころ、自宅の前の十字路。よく事故が起きるその場所を何気なく見ていた時、ぼんやりと白く光る自転車に乗った女性を見かけたことがありました。「光ってたなー」と思ってもう一度見たら、もう誰もいなかった。それでも「何だったんだろう?」くらいにしか思っていませんでした。

不思議な出来事といえば、同じ旅行中に祖母が泊まった旅館で少年の霊を目撃し、宿の人が「その子はうちの亡くなった息子です」と話したということもありました。私の家族では、そんな話も「まあ、そういうこともあるわね」で片づけられるような空気感がありました。
そう。祖母も、そういう「見える人」だったからです。

祖母から直接「私は霊感がある」と教えられたわけではありませんが、日常の中で“そういう力”があることは、自然と感じていました。そして、祖母からひとつだけ教えられていたことがあります。

「もし何かに憑かれそうになったら、心の中で“ついてきても何もできないよ”って念じなさい」

高校時代の修学旅行で沖縄を訪れた時、「ガマ」と呼ばれる元・戦時中の洞窟病院に行くことになりました。私はその入り口で明らかな違和感を覚え、「入りたくない」と先生に訴えましたが聞き入れられず、中に入ると首の後ろが重くなり、頭痛・吐き気・意識がぼんやりしていくという状態に。
そのとき、必死で祖母の教えを思い出し、「ついてきても何もできないよ」と念じ続けたことで、洞窟を出ると嘘のように元の自分に戻れました。

不思議と、そんな経験があっても私は「怖い」と思うより、「なんだったんだろう?」という知的好奇心のほうが勝っていたように思います。
ホラー映画やお化け屋敷のように“脅かそう”としてくるものの方がよほど苦手です。

そして、決定的な出来事がもうひとつあります。
高校2年のとき、祖母が亡くなった日の深夜。寝ていた私の枕元に誰かが立っている気配で目を覚ましました。暗くて顔は見えませんでしたが、着ている服の柄だけははっきりと見えました。「ああ、母が様子を見に来たのかな」と思って再び眠ったその翌朝、祖母が亡くなったことを知らされました。
そして親族のもとに駆けつけて初めて、あの夜見た“柄”と全く同じ服を祖母が着ていたと知ったのです。
それは、寝たきりの祖母が自分のところへ最後に来てくれたという確信でした。

「見える力」というのは、何か特別なものではなく、“ただ、ある”もの。
それをどう使い、誰のために活かすか。
祖母が残してくれた小さな知恵を、私なりに受け継いで、
今、ヴィダスティアとして、悩める方々の人生の道しるべになることができたら。
それが、私のはじまりです。
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