まあ、別のところで忙しいというのもあるのですが、あれもこれも出していてもエネルギー的には消化不良になります(意外と関係ないと思っている、または些細なところがひびくといった感じ)。
いくつかオプションを増やしております。
そもそも一印法(いっちんほう)は、ある考え方(個人のお告げも含め)曰く、日本神界側の神格である瀬織津姫神と速秋津姫神が関わっている加持のようであり、日本の原初的な靈威(古神道系)を強く踏襲しているようです。
密教は外国からわたってきているはずですが、これは実は日本に古くからあった霊的体系が『逆輸入』で戻ってきた、という考え方もあります。
日本の神仏習合において、強力なはたらきを構築しているのが弁才天でありますので、まあ、余計なものは要らないかも、と思った次第であります。
また、弁才天は不二浅間(特にコノハナノサクヤヒメ側)とも互換性が高く、強く関わっていると、なぜか端正な面立ちになる気質がございます。
遠い解釈では、結局弁才天も大日如来の化身としての捉え方が強くありますので、天照大御神の女性性としての表現もなされる次第です。
スケールをわざと低くすることを『弁才天』はしており、内包するものは高域なことがおおむねのようです。ネームバリューという認識もいささかどうなのか。古い物差しは躊躇なく捨て去らなければならない、そう感じております。