氣は本当に存在してるの?

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「氣」は、本当に存在するのでしょうか

そう聞くと、

「本当にそんなものがあるの?」
「目に見えないのに、どうして分かるの?」

そんな疑問を持つ方もいらっしゃると思います。

特に現代では、科学的に証明できるものほど「確かなもの」として受け入れられやすいため、

「氣」や「気功」と聞いただけで、

「なんとなく怪しい」
「スピリチュアルな世界の話では?」
「実際に存在するものなの?」

と感じる方も少なくありません。

確かに現在の科学では、
「氣」そのものを温度や血圧のように数値として直接測定する方法が、
一般的に確立されているわけではありません。

しかし、
「数字ではっきり計測できないものは、存在しない」

と何故言い切れるのでしょうか。

少し身近なものに置き換えて考えてみましょう。

例えば、

「安心感」
「幸福感」
「やる気」
「愛情」

こうしたものを、私たちは直接目で見ることはできません。

けれど、

安心すると身体の力が抜けたり、
嬉しいことがあると表情が明るくなったり、
やる気が出ると自然に行動が変わったりします。

目には見えなくても、

その影響や変化を通して、確かに存在を感じることができるもの

は、私たちの身の回りにたくさんあります。

風も同じです。

風そのものを目で見ることはできません。

けれど、木の葉が揺れたり、髪がなびいたり、肌に触れる感覚によって、

「今、風が吹いている」

と私たちは自然に理解します。

「氣」というものも、これに少し似ています。

氣そのものを直接目で見るというよりも、

身体の感覚や呼吸、意識、気分、姿勢、行動などに現れる変化を通して、その状態を捉えていく。

これが、東洋で古くから受け継がれてきた「氣」という考え方のひとつです。

ここはかなり大事な導入なので、次に続く「では東洋では氣をどう考えてきたのか?」につながるようにも整えられます。

これが、東洋で古くから伝えられてきた「氣」という考え方のひとつです。

例えば、

朝起きた瞬間から身体が軽く、

「今日はなんだか調子がいい」

と感じる日があります。

反対に、十分眠ったはずなのに身体が重く、何となくやる気が出ない日もあります。

人と話しているだけで元気になることもあれば、

ある場所に行っただけで、なぜか疲れてしまうこともあります。

こうした、

言葉では説明しにくいけれど、確かに感じている身体や心の状態。

東洋では、それを古くから「氣」という概念を使って捉えてきました。

東洋医学や気功の世界では、氣は生命活動や心身の働きを支えるものとして考えられています。

そして、

「氣が充実している」
「氣が不足している」
「氣が滞っている」
「氣が巡っている」

といった表現によって、人間の状態を捉えてきました。

一方、現代では、

自律神経、呼吸、血流、筋緊張、ホルモン、脳の働き、心理状態など、

身体や心に起こる現象を、それぞれ細かく研究しています。

私は、この二つを無理に対立させる必要はないと考えています。

むしろ、

昔の人が「氣」という大きな概念で捉えていたものを、
現代ではさまざまな角度から細かく観察している。

そんな見方もできるのではないでしょうか。

例えば、強い緊張やストレスを感じると、呼吸が浅くなります。

肩や首に力が入り、身体が硬くなり、周囲を見る余裕もなくなっていきます。

反対に、

ゆっくりと呼吸をして身体の力が抜けてくると、気持ちまで落ち着いてくることがあります。

東洋的な表現を使えば、

「氣の巡りが整ってきた」

と捉えることもできます。

そして、ここからが「現代気功」の面白いところです。

現代気功では、氣を単純な物理的エネルギーとしてだけ考えるのではなく、

身体・意識・イメージ・認識・情報などを含めた、より広い視点から扱っていきます。

人間は、目の前にある現実だけで生きているわけではありません。

「こうなったら嫌だな」

と想像しただけで身体が緊張することがあります。

反対に、

楽しかった出来事を思い出すだけで、自然と顔がゆるむこともあります。

まだ何も起きていない未来を想像しただけで、心拍や呼吸、姿勢まで変わることがあります。

つまり私たちの身体は、

実際に目の前で起きていることだけではなく、頭の中にある情報にも反応している

ということです。

現代気功では、このような心と身体、そして情報とのつながりを利用しながら、自分自身の状態を整えていきます。

呼吸を変える。

身体をゆるめる。

意識を向ける。

氣を感じる。

イメージを使う。

氣の玉を作る。

身体や空間に働きかける。

そして、自分がどのような状態でいたいのかを意識する。

こうした方法を組み合わせながら、

自分自身の心身の状態や、感じ方・捉え方を整えていく技術。

それが、私がお伝えしている現代気功の基本的な考え方です。

難しく考える必要はありません。

まずは、自分の身体を観察してみてください。

今、呼吸は深いでしょうか。

肩に力は入っていないでしょうか。

お腹は柔らかいでしょうか。

頭の中は静かでしょうか。

身体は温かいでしょうか。

そして、ほんの少し呼吸を整えてみます。

ゆっくり息を吐く。

身体の力を抜く。

お腹をふくらませるように息を吸う。

そしてまた、ゆっくり吐いていく。

それだけでも、

身体が温かくなったり、頭がすっきりしたり、気持ちが落ち着いたりすることがあります。

現代気功では、このような小さな身体感覚も大切にします。

手が温かくなる。

ピリピリする。

身体が軽くなる。

呼吸が深くなる。

眠くなる。

頭の中が静かになる。

あるいは、特に何も感じない。

どれも間違いではありません。

氣は、「強烈な体感がなければ使えていない」というものではないからです。

大切なのは、

自分の状態に意識を向け、意図的に整えていくこと。

東洋では、何千年もの間、

氣、呼吸、身体、意識の関係が研究されてきました。

そして現代気功では、その古くから伝わる「氣」という考え方に、

現代的な身体観や心理、イメージ、情報という視点を加えながら、

より自由に、日常の中で使える技術として扱っていきます。

目に見えないものを、何でも信じる必要はありません。

反対に、

目に見えないからという理由だけで、すべて否定する必要もありません。

まずは実際にやってみて、

「自分の身体や心がどう変化するのか」

を観察してみる。

私は、それくらいの距離感がちょうどいいと思っています。

科学だけでもなく、

精神論だけでもなく、

古い東洋思想だけでもない。

東洋に伝わってきた「氣」という知恵と、

現代の身体・心理・情報に対する考え方。

その二つをつなぐところに、

現代気功の面白さがあります。

そして現代気功を学んでいくと、

「氣とは特別な人だけが使える不思議な能力ではない」

ということも、少しずつ分かってきます。

私たちは普段から、

人の雰囲気を感じ、

場の空気を読み、

言葉によって気分が変わり、

イメージによって身体を緊張させたり、ゆるめたりしています。

もしかすると、

私たちは氣を「使っていなかった」のではなく、

氣として意識していなかっただけなのかもしれません。

現代気功とは、

まったく新しい能力を身につけるというより、

もともと私たちが持っている身体と意識の働きを知り、

それを意図的に使えるようにしていく技術でもあります。

だからこそ、

特別な才能がある人だけのものではありません。

呼吸すること。

感じること。

イメージすること。

意識を向けること。

まずは、そこから始まります。

そして少しずつ、

「自分の状態は、自分でも整えることができる」

という感覚を身につけていく。

それが、現代気功を学ぶ大きな魅力のひとつなのではないでしょうか。




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