僕が、僕の本音を見つけるまで。〜長野・八ヶ岳編

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宮古島での生活を終えた僕は、長野に来ていた。
理由は、宮古島の海を見て山が好きだと気づいたからだ。
中でも、長野の山脈に興味が湧いたので、八ヶ岳方面に向かった。
次の職場は、その山脈の近くにあるホテルだった。
ホテルの敷地内はとても広く、道路だけは綺麗に整備されていたが、生きた自然が多く残っていた。
野生に手をつけていないせいか、鹿の群れも何度か見た。
あまりの美しさに、僕の心は高揚していた。

しかし、前回のホテル清掃で、なかなかハードだとは思い知らされていたが、悔しくも、またホテル清掃を選んだ。
選んだのは、景観の美しさが理由だった。
それ自体は大正解だったが、後に、田舎の人手不足の現実を思い知らされることになった。

着いて早々、仕事が始まった。
前回の経験もあり、仕事に慣れるまでに時間は要らなかった。
しかし、宮古島と違う点が2つあった。
それは、人手不足による仕事量の増加と、清掃スタッフの高齢化だ。

1日の流れはこんな感じだった。
9時に仕事開始し、そこから14時まで休憩なしで清掃をする。
その後、軽く休憩をしてから、17時まで備品の補充などをして帰宅する。
大まかな流れは大体こうだった。

しかし、僕が来たときはちょうど繁忙期で、とても忙しかった。
毎日、16時近くまで掃除をしないと終わらないので、休憩も取れず、昼食も食べられなかった。
代わりに、お菓子を少しつまむ程度食べて凌いだ。
毎日ヘトヘトで帰宅した。
何度も、とんでもない場所に来てしまったと後悔した。
自然が綺麗ではなかったら、すぐにやめていた。

また、高齢スタッフのハラスメントも酷かった。
ある70歳過ぎの女性スタッフの方と同じチームになることが多かったのだが、
その人に分からないことを質問をすると「いいからとにかくやれ!」と怒鳴るような人だった。
恐らく、「背中を見て覚えろ」的な意味合いだったと思う。
仕方ないから仕事は見て覚えたが、あまりにも指導が理不尽な時には「それは違いますよね?」と言い返していた。
今思えば、信じられないくらい短気だった。
僕以外にも若いスタッフが3人ほどいたが、全員、雑に扱われていたようだ。
仕事中すれ違うたびに、お互いの被害を報告をし合っていた。
報告数がとても多くかったので、僕たちの中に結束力が生まれた。
高齢スタッフは他にもいたが、その人たち同士もお互いに仲が悪かった。
表面上で仲良く振る舞っていたが、裏では悪口を言い合っているのをよく目にした。
たまに悪口の賛同を求められたが無視していた。
自分勝手で本当に困った人たちだった。
今の時代では珍しい、地獄のような職場だった。


続く  

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