これまで女性の恋愛の悩みを聞いたり、長く良い関係を築いている男女を見たり、そして自分自身の経験を振り返ったりする中で、ずっと感じていたことがある。
女性が幸せそうに愛されている関係には、ある共通点がある。
それは、女性がその男性の前で無理をしていないこと。
感情を押し殺したり、顔色を見て機嫌を取ったり、何でも一人で背負ったりせず安心して笑い、甘え、欲しいものを欲しいと言えている。
その姿を見ていると、私はいつも『プリンセスみたいだな』と思う。
そして逆に、恋愛に悩んでいる女性の話を聞いていると、まったく反対のことが起きている場合がある。
彼の機嫌を取り、生活を支え、問題を解決し、何でも先回りしてやってあげる。
恋人のはずなのに、いつの間にか女性が『お母さん』になっている。
この違いは何なんだろう。
考えていくうちに、ひとつの視点にたどり着いた。
女性が男性を見るとき、
『もし、この人が自分の理想の父親だったらどうだろう?』
という視点を持ってみると、意外と本質が見えてくる。
もちろん、恋人に父親の代わりを求めるという意味ではない。
ここで見たいのは、
経済的に全部面倒を見てもらうとか、何でも言うことを聞いてもらうとか、そういう話でもない。
この問いで見えてくるのは、もっと根本的なものだと思う。
『この人と一緒にいる私は、安心して無防備でいられるだろうか?』
◉自分が感情を出しても怒られない。
◉失敗しても人格まで否定されない。
◉困ったときには面倒くさがらずに手を差し伸べてくれる。
◉何かを欲しがったときに『わがまま』『贅沢』と切り捨てるのではなく、その気持ちを大切に扱ってくれる。
そして、
私が幸せになることを、この人は喜んでくれるだろうか。
私は、ここがものすごく大事だと考えている。
そしてこの話を考えているうちに、もうひとつ面白いことに気づいた。
女性の場合は『父性的な安心感を持つ男性』という視点が成立するのに、男性が女性に『母親のような存在』を求め始めると、場合によってはまったく逆のことが起きる。
女性は愛されるほどプリンセスのように輝き始めるのに、
男性は世話されすぎると、いつの間にか『息子』になってしまうことがある。
なぜなんだろう。
私がいう『プリンセス』は、何もしない女性ではない
最初に、ここははっきりさせておきたい。
私がここでいう『プリンセス』とは、
男性に全部やってもらう女性でもなければ、何もしない女性でも、
誰かに人生を丸投げする女性でもない。
安心して愛されることで、自分の望みや感情を隠さなくてよくなった女性…
そんなイメージに近い。
例えば
嬉しいときには思いきり喜ぶ。
『これ好き!』と言える。
『これ欲しい!』と言える。
嫌なことには『嫌だった』と言える。
困ったときには『助けて』と言える。
大切にされたら、
『そんなことしてもらったら申し訳ない』
ではなく、
『嬉しい、ありがとう』
と素直に受け取れる。
無邪気で感情表現が豊かで、どこか可愛らしい。
でも、自分の意志はちゃんとある。
私は、こういう女性を見ていると『プリンセスみたいだな』と思う。
女性が愛されるほどプリンセス化するのは、なぜ?
愛されている女性がどんどん柔らかくなっていくのは、男性によって能力を奪われたからではない。
むしろ逆なのです。
起きているのは、
『防衛の解除』
なんじゃないだろうか。
人は、安全ではない場所では自分を守ろうとする。
『これを言ったら嫌われるかな…』
『お願いしたら面倒くさいと思われるかな…』
『怒らせないようにしなきゃ…』
『こんなもの欲しがったら、わがままかな…』
『私が我慢すればいいか…』
そんなことを考え続ける。
自分の気持ちより相手の機嫌を優先する。
欲しいものがあっても口に出さない。
本当は悲しいのに『大丈夫』と言う。
本当は助けてほしいのに一人で全部やろうとする。
これは自立しているように見えて、実はずっと緊張している状態でもある。
でも、
『この人の前では、そんなに警戒しなくていい』
と分かってくると、少しずつ防衛が外れていく。
失敗しても見捨てられない。
感情を出しても嫌われない。
困ったら助けてもらえる。
欲しいと言っても否定されない。
その安心感の中で、女性はようやく本来の自分を出せるようになる。
だから私は、
愛されてプリンセスになることは、『幼くなることではない』と思っている。
むしろ、
頑張って自分を守らなくてもよくなったから、本来の自分に戻っていく。
そんな感じなのだと思う。
「安心と信頼の中でこそ女性はプリンセスのように大切に守られる」
では男性が『母親みたいな女性』を求めるとどうなる?
ここで、逆を考えてみた。
女性が男性を見るときに、
『もし、この人が理想の父親だったら?』
という視点を持つなら、
男性も女性を見るときに、
『もし、この人が理想の母親だったら?』
と考えればいいのだろうか。
でも、ここが面白い。
同じようにはいかない。
もちろん男性だって、
安心したいし、
弱いところも受け入れてほしいし、
疲れたときには甘えたい。
それ自体は何も悪くない。
問題は、パートナーに母親的な『世話』まで求め始めたときなのです。
たとえば、
◉家のことは全部彼女がやってくれる。
◉予定も彼女が管理してくれる。
◉忘れ物をすれば持ってきてくれる。
◉お金の問題が起きれば彼女が考える。
◉何かトラブルが起きれば、彼女が調べて解決する。
◉自分が不機嫌になれば、彼女がなだめてくれる。
仕事を辞めても、
『きっと疲れていたんだよ』
と慰めてくれて、その後の生活まで何とかしてくれる。
最初は女性も、
『私がやってあげたい』
と思うかもしれない。
あるいは、
『私がやった方が早い』
『この人は、こういう人だから』
と思うかもしれない。
でも、それが当たり前になったらどうなるだろう。
男性は、自分で考えなくても生活が回るようになる。
自分で決めなくても誰かが決めてくれる。
困っても誰かが解決してくれる。
失敗しても誰かが後始末してくれる。
するといつの間にか、
『彼女が何とかしてくれる』
が前提になっていく。
ここで起きているのは、
安心ではなく責任の外注なんだと思う。
愛されることと、世話されることは同じじゃない
ここが、この話の大きなポイントだと思っている。
女性が愛されてプリンセス化することと、
男性が世話されて息子化すること。
表面だけを見ると、どちらも
『相手に何かをしてもらっている』
ように見える。
でも、起きていることは全く違う。
✔️愛されている女性が感じているのは、
『自分を守らなくても大丈夫』
という安心。
✔️世話をされすぎた男性が覚えてしまうのは、『自分でやらなくても大丈夫』
という安心。
この二つは、似ているようで全然違う。
前者は、本来持っている『可愛いらしさ』を出しやすくする。
後者は、本来使うべき『男らしさ』を使わなくても済む環境を作ってしまうことがある。
だから、
愛情を注ぐことと、
相手の人生まで引き受けることは違うのだ。
『荷物を持たない男』に女性が冷める本当の理由
これを象徴しているのが、こんな場面だと思う。
赤ちゃんを抱っこしている女性。
肩には大きなマザーズバッグ。
さらに買い物袋まで持っている。
その隣を歩く男性は手ぶら。
片手をポケットに入れ、
もう片方の手ではスマホを見ている。
「息子化した男性の横では愛されてる時間は持てないのです」
この写真を見て、
『こういう男いる!』
と思う女性は多いんじゃないだろうか。
でも女性が腹を立てる理由は、単純に
『荷物くらい持ってよ』
ということだけではないと思う。
目の前で、自分の大切な人が明らかに大変そうにしている。
しかも、2人にとっての大切な子どもを抱えている。
その状況を見ても、
『これは自分も引き受けることだ』
という意識にならない。
そこに、がっかりするんだと思う。
『気づかなかった』というより、
自分の問題として見ていない。
だから女性は疲れるのだ。
赤ちゃんのことを考える。
持ち物を考える。
時間を考える。
買い物を考える。
帰ってからやることを考える。
その横で、もう一人の大人まで女性に任せきりになったら、
彼はパートナーではなく、
『産んだ覚えのない大きな息子』と言う負債なのだ。
結局は、女性が面倒を見る対象になっていく…
そしてここで、恋愛にはかなり大きな変化が起きる。
女性の中で、
『頼れる男性』
だった人が、
『私が世話をしなければならない男性』
に変わっていく。
つまり、
彼女、妻だった女性が、少しずつ『お母さん』になってしまう。
すると不思議なことに、
男性が女性に甘えられる関係になったはずなのに、
女性側の恋愛感情は薄れていくことがある。
私は、これってそんなに不思議なことではないと思う。
なぜなら
『守ってくれる人』
『一緒に人生を担う人』
として見ていた男性が、
『私が世話をする人』
に変わってしまったのだから。
男性だって安心して甘えていい!
だからといって、
男性には甘えさせてはいけないとか、
弱音を吐かせてはいけないとか、
そういう話ではない。
私はむしろ逆だと思う。
男性だって、
弱いところを見せられる関係の方がいい。
疲れたときには甘えられた方がいい。
失敗したときにも、
『そんなあなたは価値がない』
ではなく、
『大丈夫だよ』
と言ってもらえる関係の方がいい。
ここで大事なのは、
受け止めることと、代わりにやることは違う
という区別なんです。
たとえば男性が仕事で大きな失敗をしたとする。
『大丈夫。今回は失敗したけど、あなたなら立て直せると思うよ』
これは、受容だと思う。
失敗した相手を否定しない。
でも、立て直す力は本人にあると信じている。
一方で、
『大丈夫、私が上司に連絡してあげる』
『次の仕事も私が探すよ』
『お金のことも全部私が考えるから』
となれば、話は少し違う。
相手を助けることを越えて、
相手が自分で解決する領域まで引き受けている。
愛情深く見えるけれど、
そこには無意識に、
『あなたにはできないから私がやる』
というメッセージが混ざることもある。
だから私は、
『あなたを愛している』と『あなたの人生を代わりに生きる』は違う
と思っている。
女性側も『お母さん役』を引き受けてしまうことがある
そして、これは男性だけの問題でもない。
女性側も、知らないうちに関係を作ってしまうことがある。
✔️相手が困る前に先回りする。
✔️忘れそうだから自分が覚えておく。
✔️失敗しそうだから口を出す。
✔️放っておけばいいことまで自分がやる。
✔️相手が不機嫌になれば機嫌を取る。
✔️揉めたくないから自分が折れる。
最初は、
『好きだから』
だったはずなのに、
いつの間にか、
『私がいなければこの人は何もできない』
という関係になってしまう。
でもその状態って女性自身もしんどい。
本当は、
頼りたい。
甘えたい。
守ってほしい。
たまには、
『今日は何もしなくていいよ』
と言われたい。
なのに自分が全部を担っていたら、
女性はずっと『しっかりする側』でいなければならない。
プリンセスになる余白なんて、なくなってしまう。
『父性的な安心』と『支配』も違う
一方で、
『父性的な男性』
という言葉にも注意が必要だと思う。
『俺の言うことを聞け』
『俺が決める』
『黙ってついてこい』
というのは、私がここで言いたい父性とは違う。(モラ気質だと知っておくべき)
それは場合によっては、ただの支配になる。
私が魅力的だと思うのは、
『あなたはどうしたい?』
と聞ける男性。
『やってみたらいいよ』
と言える男性。
『失敗しても大丈夫』
と見守れる男性。
必要なときには手を差し伸べるけれど、
女性自身の選択まで奪わない男性。
つまり、
守ることと、支配することは違う。
(ここは混同しないで見定めて欲しい)
本当に器のある男性は、
相手を自分より小さくすることで強さを証明しようとはしない。
むしろ相手が自由に、自分らしく生きられる場所を作れる男性です。
プリンセスにも主体性は必要
これは女性側にも同じことが言える。
『愛される女性』と、
『何もかも男性任せの女性』
は違う。
良い意味でプリンセスでいる女性は、
『私はこれが好き』
『これは嫌』
『こうしたい』
『助けてほしい』
と言えるし
自分の気持ちを自分で分かっている。
そのうえで、人の愛情も受け取れる。
でも、
『全部あなたが決めて』
『私を幸せにするのはあなたの責任』
『私が不機嫌なのもあなたのせい』
となれば、それもまた主体性を手放している。
男性が息子になってはいけないのと同じように、
女性も娘のままでいる必要はない。
『大人同士として自分の人生を持ちながら、安心して甘える。』
私は、このバランスがとても大切だと思っている。
良い愛かどうかは『この人といる私は誰になっているか』で見る
恋愛をしていると、つい
『彼は私のことを好きなのかな』
『この恋はうまくいくのかな』
『結婚できるのかな』
ということに意識が向く。
もちろん、それも気になる。
でも、もうひとつ見てほしいことがある。
『この人と一緒にいるときの私は、どんな女性になっているだろう?』
ということ。
◉以前よりよく笑うようになった?
◉自分の気持ちを言えるようになった?
◉自信を持てるようになった?
◉新しいことをやってみたくなった?
◉自分の未来を楽しみにできるようになった?
それとも、
✖️相手の返信ひとつで一日中不安になっている?
✖️怒らせないように言葉を選んでいる?
✖️相手の問題ばかり解決している?
✖️何でも自分がやるようになっている?
✖️自分の望みを言えなくなっている?
『どれだけ好きか』だけではなく、
その愛によって、自分がどんな人間になっているのか。
ここを見ると、その関係の違う一面が見えてくることがある。
大人同士の『溺愛』って、こういうことなのかもしれない
結局、
恋人同士が父親と娘になる必要はない。
母親と息子になる必要もない。
女性に必要なのは、
自分を子どもにしてくれる男性ではなく、
安心して自分らしくいられるほど、器のある男性。
男性に必要なのも、
何でもしてくれるママのような女性ではなく、
弱い自分も受け止めてくれるけれど、自分を認めて信頼してくれる女性。
そこでは、
女性は安心して甘えられる。
でも、自分の人生を手放さない。
男性も安心して弱さを見せられる。
でも、自分の責任を手放さない。
「プリンセスのためにヒーローになれる男性は頼もしく安心感に満ちている」
私がここまで伝えてきた
女性は愛されるほどプリンセス化する。
でも、
男性は世話されすぎると息子化してしまうことがある話。
この違いの奥には、男女共通の大切なことがあると思っている。
それは、
成熟した愛は、その人を幼くするのではなく、その人が持っている力や魅力をもっと出しやすくする。
ということ。
だから、恋愛で本当に大切なのは、
ただ誰かに選ばれることでも、
ただ一緒にいることでもないのかもしれない。
この人と愛し合うことで、
私はもっと私らしくいられる。
相手もまた、もっとその人らしく生きられる。
そんな関係を選ぶこと。
それが私の思う、
大人同士の『溺愛』なのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
私の占い鑑定は、彼に愛されるために自分を変えるためのものではありません。あなたがプリンセスのように愛される関係を選び、末長く自分らしい幸せを受け取るためのものです。