こんにちは。千代です。
龍に心を向ける時間をつくろうとしたとき、お香や香りの道具を用意したほうがよいのだろうか、と迷うことがあるかもしれません。写真で見た美しいしつらえに憧れて、自分の部屋には何かが足りないように感じることもあるでしょう。
けれど、香りのない部屋で龍を思ってもよい、と私は考えています。何を足せば特別な時間になるかだけでなく、何も足さずに過ごせるか。今日は、香りと自分の居心地についてのお話です。
好きな香りと必要な香りは別のもの
たとえば、お店で気に入った香りの品を手に取ったとします。包みを開けるのが楽しみで、家のどこに置こうかと考える。その楽しみは、そのまま大切にしてよいと思います。
ただ、「好きだから使いたい」が、いつの間にか「これがないと龍に向き合えない」へ変わってしまうと、道具を切らした日に落ち着かなくなるかもしれません。買い足せない日まで、不十分な日にする必要はありません。
香りを楽しむことと、龍が観えるかどうかは分けておきたいことです。香りがあるから観える、ないから観えないと決めつけず、分からないところを道具のせいにも、自分の不足にも結びつけない。そのくらいの距離で付き合えたらと思います。
気に入った品を使わずにしまっておく日も、別の過ごし方を選ぶ日もあります。持っているものを毎回使い切るように並べなくても、好きだった気持ちまで消えるわけではありません。
同じ部屋にも違う感じ方がある
自分には心地よい香りでも、一緒に暮らす人には強く感じられることがあります。香りは、置いた場所だけに留まるとは限りません。共有する部屋なら、そこで過ごす人の希望も聞いておきたいものです。
「少し香りを使ってもいい?」と尋ねて、「今日はないほうがいい」と返ってきたら、香りを使わない時間にしてみる。その返事を、自分の大切な世界を否定されたことと重ねなくてもよいと思います。
相手が龍の話に関心を持っているかどうかと、その香りを好むかどうかも別です。信じ方を揃える必要はなく、部屋で無理なく過ごせることについて話せばよいのです。
自分だけの静けさを整えるつもりが、誰かに我慢を頼む形になっていないか。道具を置く前に、そんな暮らしの側へ目を向けることも、丁寧な準備なのだと思います。
何も足さない部屋で気づくこと
香りを使わないと決めても、別の特別な品で埋め合わせる必要はありません。机の上の紙を少し脇へ寄せる。座りにくければ椅子の位置を変える。今日はその程度の支度で十分、としてみてもよいでしょう。
すると、今まで気に留めなかった部屋の様子が目に入ることがあります。障子に落ちる木の影や、床の上をゆっくり移る光。もちろん、何も新しく感じないままの時間もあります。
そうした景色を、すぐに龍からの知らせとして読み取る必要はありません。部屋が明るいと感じたなら、その明るさを味わう。落ち着かなければ、いったん席を立つ。何かを感じるまで座り続けることを、今日の課題にはしなくてよいと思います。
龍観術について言葉にするときにも、観えたものと、雰囲気から想像したものは分けていたいものです。美しい空間ができたからといって、その美しさに合わせた答えを作らなくてよいのです。
使う日もしまう日も自分で選ぶ
香りのある時間を楽しむ人も、ないほうが落ち着く人もいます。同じ人でも、日によって好みが変わることがあります。昨日と違う選び方をした理由を、毎回深く探さなくてもよいでしょう。
使うときは、その品の説明に従って扱う。使わない日は、片づけたままにしておく。龍への思いを確かめるために、無理に買い足したり、苦手な香りを我慢したりしない。道具との付き合い方は、暮らしの中で決めてよいと思います。
何も焚いていない部屋にも、午後の光は入ってきます。その中で少しだけ龍を思い、いつもの用事へ戻る。今日はそんな、香りのない時間があってもよいのではないでしょうか。