スピリチュアルは、たぶん「これが救いだ(と思え)」と言うそれを一代以上前から引き継いでいるんだよね(一代前って己の親のことじゃなくて。いわゆる現役で働いている人たちの活動の時間の幅のようなものね)。

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コラム
だから「他者に救われた自分」を“己で救い直さない”といけないんだろうね。

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時代が変わらなければ。
“それを続ける”ことに固執していたと思うよ。
もはや「そこに疑問を持たない」と言うレベルに至っていたと思う。

何がって。
・これが救いである
・これを救いだと思え
と言うそれで。

「与えられたものに疑問を持つな」みたいな。


それで果たして発展を迎えられるのかはわからないよ。
だって現状維持だからね。

それ以上の成長も進化もない。
“これが正しい(周りがみんなそうである)”と言う、常識と言ったものや妥協でしかない。

ある意味で「お前も(私と同じように)我慢しろ」ってこと。


だから多分。
私たちは。

「誰かに救われた自分」を

“自分で救う”ことが必要なんだと思う。

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