神との対話① 第一章 P66-67

神との対話① 第一章 P66-67

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先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう

P66-67
『―かつて、自らが光であることを知っている魂があった。これは新しい魂だったから、体験したくてならなかった。「わたしは光だ」とそれは言った。「わたしは光だ」。
だが、いくら知っていても、いくら口に出してみても、体験に変えることはできない。この魂が生まれた領域では、光しかなかった。どの魂も偉大で、どの魂もすばらしく、どの魂もわたしの神々しい光を受けて輝いていた。
そこでは、その小さな魂は、まるで太陽の前のロウソクのようだった。偉大な光のなかでは、その光の一部である魂は自らを見ることができないし、自分が何者であるかも体験できない。
その魂は自分自身を知りたくてたまらなかった。

あまりに知りたがるので、ある日、わたしは言った。
「小さいものよ、その望みをかなえるにはどうすればいいか、わかるか?」
「どうすればいいのですか、神さま?わたしは何でもします!」小さな魂は答えた。
「おまえはわたしたちから離れなければならない」とわたしは言った。
「そうして、闇を求めなければならない」。
「闇というのは何ですか?聖なるかた?」と小さな魂はたずねた。
「それは、おまえではないものだ」とわたしは答え、その魂は理解した。

そこで、その魂は全体から離れ、べつの領域に行った。その領域では、魂はあらゆる闇を体験する力を持っていた。そして、闇を体験した。
その闇のさなかで、魂は叫んだ。
「父よ、父よ、どうして、あなたはわたしを見捨てたのですか?」。

たとえば、あなたがたが暗闇にいるときのように。だが、わたしは一度もあなたがたを見捨てたことはない。
「つねにそばにいて、ほんとうは何者であるかを思い出させようとしているし、いつも、わが家に呼び戻そうとしている。
だから、闇の中の光になりなさい。
そして、闇のなかにいることを呪ってはいけない。
また、まわりが自分と違うものばかりでも、自分が何者であるかを忘れてはいけない。
そして創造物をほめたたえなさい。たとえ、それを変えたいと思っても。

最も大きな試練が、最も偉大な勝利になる可能性がある。
あなたが生み出す体験は、自分が何者であるか、そして何者になりたいかという宣言なのだから。

小さな魂と太陽のたとえ話をしたのは、どうしていまのような世界になったのかを理解させるため、そして、誰もが現実の奥に秘められた神聖な真理を思い出せば、その瞬間に世界は変わりうることを、もっとよく理解させるためだ。』
これは「神との対話」での部分的に抜出される「小さな魂」の話です。
物語は単純ですから、そのまま受け取って下さい。

反対側を知らなければ、その反対側を知ることは出来ないのです。
『光』を知るためには『闇』を
『愛』を知るためには『不安』を体験する必要があるのです。
もし、今あなたが大変な状況にいるのであれば
それはその反対側「素晴らしい状況」をより深く体験するための前準備の状況にいるだけなのです。
このとこをあなたは信じることができますか?


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