サービス
サービスを探す
プロ人材を探す
仕事を探す
ブログを探す

「たとえば、どうしてあなたは姿を現さないのですか。あなたがほんとうに神なら、どうしてわたしたちみんなが理解できる方法で現れてくださらないのですか。」(ニール)
『わたしは何度も、何度も現れている。いまもこうして現れている。』
「いや、そうじゃないんです。わたしが言いたいのは、疑いの余地にない現れ方、否定しようのない現れか方のことです。」(ニール)
『たとえば?』
「いま、わたしの目の前に現れるとか。」(ニール)
『いま、そうしているではないか。』
「どこに?」(ニール)
『あなたが見ているものすべてに。』
「そうじゃないんです。わたしが言うのは、疑いの余地のない現れ方です。誰も否定できないような現れ方です。」(ニール)
『それでは、どんな方法ならいいというのか?どんなかたち、どんな姿で現れてもらいたといいうのか?』
「ほんとうのあなた自身のかたち、姿で。」(ニール)
『それは不可能だ。わたしには、あなたがたが理解できるかたちも姿もない。わたしは、どんなかたちや姿になることもできるが、そうすれば誰もが、自分の見たかたちや姿が多くのなかのひとつにすぎないとは思わず、それこそが神の唯一の姿だと思いこむだろう。ひとは、「見えないもの」ではなく、見たものをわたしだと信じる。』