好きなのに、自由に会えない。
そんな恋をしていた頃、私はいつも彼からの連絡を待っていた。
本当は、声が聞きたかった。
何でもない話をしたかった。
「今、何してる?」って、私から電話をかけたかった。
でも、できなかった。
私から電話をかけることができない関係だった。
スマホを手に取って、彼の名前を眺める。電話をかけたい。
でも、かけられない。
「今、電話しても大丈夫かな」「迷惑じゃないかな」「誰かのそばにいるんじゃないかな」そんなことを考えているうちに、結局スマホを置く。
そして、彼から連絡が来るのを待つ。
着信音が鳴るたびに期待して、違う通知だと落ち込む。
たった一通の「今から電話できるよ」という連絡が、私にとっては一日の中で一番嬉しい瞬間だった。
でも、その幸せはいつも不安と隣り合わせだった。
日曜日には会えない。
泊まりのデートもできない。
「次はいつ会える?」と簡単に聞くことすら、どこか遠慮してしまう。
普通の恋人ならできることが、私たちにはできなかった。
休日に一緒に出かけることも、朝から夜までずっと一緒にいることも、旅行に行って同じ部屋で眠ることもない。
会える時間には限りがあって、帰る時間は最初から決まっている。
楽しいはずのデートの帰り道でさえ、私は寂しかった。「もう少し一緒にいたい」その気持ちを飲み込んで、笑って「またね」と言う。
本当は、帰りたくなかった。
もっと一緒にいたかった。
もっと普通に、彼の隣にいたかった。
でも、それを望めば望むほど、自分が苦しくなることも分かっていた。
不倫という関係だから、仕方がない。頭ではそう分かっていた。
だから、寂しいとも言えなかった。
「もっと会いたい」「電話したい」「もっと私のことを考えてほしい」そんな気持ちを伝えたら、彼を困らせてしまう気がした。
だから私は我慢した。我慢して、待って、彼から連絡が来たときだけ安心する。連絡が来ない日は、不安になる。
「嫌われたのかな」「もう会いたくないのかな」「私だけがこんなに好きなのかな」何度も何度も考えてしまう。
好きだから待ってしまう。
待っている間は苦しいのに、連絡が来ると全部忘れてしまう。
声を聞けただけで嬉しくて、少し会えただけで幸せで、「やっぱり好き」と思ってしまう。
だから離れられなかった。
でも今振り返ると、あの頃の私は、彼を好きだった以上に、「彼から選ばれること」を待っていたのかもしれない。
自分から電話をかけられない。
自分から会いたいと言えない。
日曜日には会えない。
泊まりのデートもできない。
そんな制限の中で、私はいつも彼の都合を待っていた。
彼から連絡が来ること。
彼から会おうと言ってくれること。
彼が私を必要としてくれること。
それが私にとって、愛されている証のようになっていた。
だけど、本当はそんな恋はとても苦しかった。
好きな人なのに、自由に「好き」と言えない。会いたい人なのに、会いたいと素直に言えない。声が聞きたいのに、自分から電話できない。
一緒にいたいのに、泊まることもできない。
そんな恋の中で、私は少しずつ自分の気持ちを押し殺していった。
それでも、彼から連絡が来た日は嬉しかった。
だから余計に、離れることができなかった。
嬉しさと寂しさ。
幸せと苦しさ。
その両方を抱えたまま、私は彼からの連絡を待ち続けていた。
今でも思う。
あの頃、本当はもっと自分の気持ちを大切にしてあげればよかった。
「寂しい」と言ってもよかった。
「会いたい」と言ってもよかった。
「電話したい」と思っている自分を、否定しなくてもよかった。
叶わないことが多い恋だったからこそ、私はいつも我慢していた。
でも、好きな人を待ち続けることが、必ずしも幸せとは限らない。
愛しているからこそ苦しい恋もある。
会えないからこそ、余計に想いが強くなる恋もある。
そして、連絡を待つ時間が長ければ長いほど、自分の心が少しずつすり減っていくこともある。
あの頃の私は、それに気づいていなかった。
ただ、彼からの電話を待っていた。
スマホを何度も確認しながら、「今日は電話くれるかな」そう思っていた。
本当は、私から電話したかった。
ただ声が聞きたかった。
それだけだった。
たった一人で悩んでいるあなたへ
少しでも苦しいときは5分でも10分でもいいのでお電話ください。
あなたの恋 応援しています。