この話は、人生を通じて妄想と執着をなくすことに重点を置いて話しています
人生の現実は自己を含めて自己の思うとおりにはならず、邪魔がいくつも横たわっている苦であり、この地球は地獄の一丁目であるというる真実。
この苦をなんとも思わない修行をしています。
実はその苦はすべて自己の煩悩(ぼんのう)や妄執など広義のおのれの欲望から生ずるという真実。
だから人と比べない。広告を見ても心をときめかせない。
さよならする人を追わない。
それらの欲望を断じ滅して、無我の境地を味わい
現世で迷い悩みもがく、輪廻(りんね)や前世のカルマなどを切れない鎖などの苦しみから解き放された理想的な心の境地に達するのがゴール。
この境地こそが人生の道程である。
我々は新しい宇宙となるべき魂を修行で体得をする。
宇宙空間に喜怒哀楽や執着や煩悩などあってはたまらぬし
神はサイコロ遊びはなさらない。宇宙の誕生から収束まですべて決まっている
わたしが、前世を見るというのも、カルマの断ち切りにある。
例えば、前世でも結婚して妻を質に入れて逃げて破産した男は
今世でも結婚して妻名義で借金して自分は自己破産して何食わぬ顔をする
そうやってこのカルマを断ち切らねば次にいけない。
だから氷河期明けから2万年間人類は何も進化しない。
輪廻とカルマを断ち、徳を積めと。
そのために教養をつけそれをスキルによって智慧に昇華せよと。
人の多い年収に嫉妬するな。彼ら寝ないで稼いでいる。
つまり、ランボルギーニの広告を見てほしくなるの人は
おさるさん。
上手に広告作ったね。と感じるのは煩悩のない人だ。
煩悩や欲望は智慧によって消える。
よく小さな子が、真っ暗な廊下が怖くてトイレいけない。
そういう時に電気のつけかたを教えて電気をつけると
真っ暗闇の時は何かいそうだったが電気をつけてみると何もいない。
煩悩や欲望など光灯明に照らせば狂うほど欲しくない。
好意を寄せていた銀行員の姉さんが食堂の横の休憩室でタバコ吸って
あられもない姿でリラックスしているのを見ると千年の恋も冷めるのと一緒。
煩悩の炎が消えて滅びた状態になると、全部仕方がないですなで済む。
息子に勉強しろという前に、この男は勉強が死ぬほど嫌いなので
学校いかせても無意味で大工の弟子になる道の方が良いなと思えば
勉強しろと言わない。
よって、希望も情熱もない生き方は大事である
それは全部煩悩だから。
例えば、政治家がでたらめやっているのに小学生の時で食わして
裁判官になるという道を決めるとか
瀕死の渋滞で名医が治してくれるたので今があるとなって
その方面に進むのは夢や希望ではない。線路だ。