「尽くしているのに、なぜこんなに苦しいんでしょう」
オンラインカウンセリングの画面越しに、クライエントは少し疲れた表情で話し始めた。
クライエント「最近、彼との関係がしんどくて......でも、好きだから頑張ってるんです。なのに、なんだか報われない気がして」
ダイキ「報われない、ですか」
クライエント「はい。私、彼のために本当にいろいろやってるんです。朝ご飯作って持って行ったり、仕事終わりに買い物頼まれたら絶対断らないし、週末も彼の予定優先で。友達との約束もキャンセルしたりして」
少し言い淀んでから、クライエントは小さな声でこう付け加えた。
クライエント「でも......彼、あんまり喜んでくれないんです。当たり前みたいになっちゃって」
ダイキ「それは、辛いですね」
クライエント「私が尽くしすぎなんでしょうか。でも、好きな人のためなら当然じゃないですか?」
その言葉には、どこか必死さが滲んでいた。
「尽くす」ことで得ようとしていたもの
ダイキ「少し伺ってもいいですか。彼のために何かをするとき、どんな気持ちになりますか?」
クライエント「最初は......嬉しかったです。彼が喜んでくれるのが」
ダイキ「最初は、ということは?」
クライエント「今は......なんだろう。やらないと不安、みたいな」
その言葉を口にした瞬間、クライエントは自分でも驚いたような表情を見せた。
クライエント「......不安、なんですよね。彼が私を必要としなくなったらどうしようって」
ダイキ「必要とされなくなったら、何が起こると思いますか?」
少しの沈黙。
クライエント「......捨てられる、かな」
声が震えていた。
ダイキ「捨てられる、と感じるんですね」
クライエント「はい。私、何の取り柄もないし。尽くすことくらいしかできないから」
過去に刻まれたパターン
ダイキ「いつ頃から、そういう風に思うようになったんでしょう」
クライエント「......昔からかもしれません」
彼女は少し遠い目をした。
クライエント「母が、すごく尽くすタイプだったんです。父のために何でもやって。でも、父は......あんまり優しくなくて」
ダイキ「お母さんの姿を見て、何か感じることはありましたか?」
クライエント「母は『これが愛だ』って言ってました。でも、母はいつも悲しそうで。私、子どもながらに『もっと尽くせば、お父さんは優しくなるのかな』って思ってた気がします」
そこで言葉が詰まった。
クライエント「......私、母と同じことしてるんですね」
「彼のため」が「自分のため」になっていた瞬間
ダイキ「今、大切なことに気づかれたように見えました」
クライエント「そうなんです。私、彼のために尽くしてるって思ってたけど......本当は、捨てられないために必死だったんです」
涙が零れた。
クライエント「彼が『ありがとう』って言わなくなっても、もっとやろうとして。『これだけやってるんだから、私を手放さないでしょ』って......それって、愛じゃないですよね」
ダイキ「それについて、どう感じますか?」
クライエント「情けないです。でも、正直ホッとした部分もあって」
ダイキ「ホッとした?」
クライエント「だって、ようやく分かったんです。私が苦しかった理由。彼のためじゃなくて、自分の不安のためにやってたから、満たされなかったんだって」
尽くす愛と依存する愛の違い
ダイキ「今日、大きな気づきがありましたね。『尽くす』ことと『依存する』ことの違いについて、今どんな風に感じていますか?」
クライエントは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
クライエント「本当の『尽くす愛』って......相手の幸せを願って、見返りを求めないものなんですよね。でも私がやってたのは、『これだけやったんだから、私を愛して』っていう......取引、みたいな」
ダイキ「取引、ですか」
クライエント「はい。彼に何かしてあげるたびに、心のどこかで『これで私の価値が上がった』『これで捨てられない』って思ってた。それって、依存してるってことですよね」
涙を拭いながら、彼女は続けた。
クライエント「本当に尽くすって、相手が私を必要としなくても、相手の幸せを願えることなんじゃないかって......今、思いました」
自分を取り戻すために
ダイキ「これから、どうしていきたいですか?」
クライエント「まず、自分と向き合いたいです。『尽くさないと愛されない』って思い込みを、変えたい」
ダイキ「具体的には?」
クライエント「友達との約束を優先してみようかな。小さなことからですけど。それで彼が怒ったら......それはそれで、考えなきゃいけないタイミングなのかもしれない」
少し強い目になった。
クライエント「あと、彼に『してあげる』じゃなくて、『一緒に何かする』って関係を作りたいです。対等な」
ダイキ「対等な関係」
クライエント「はい。私が一方的に何かをやるんじゃなくて、お互いが支え合える関係。それが本当の愛なのかなって」
気づきの先に見えた景色
セッションの終わりに、クライエントはこう言った。
クライエント「今日、すごく大事なことに気づけました。『尽くす』って言葉、美しく聞こえるけど、それが依存になってたら、誰も幸せになれないんですね」
ダイキ「そうですね」
クライエント「私、自分を大事にすることから始めます。自分を大事にできない人が、本当の意味で人を愛せるわけないって、今日分かりました」
彼女の表情は、セッションの最初とは違って、どこか晴れやかだった。
カウンセラーからのメッセージ
「尽くす愛」と「依存する愛」——言葉は似ていても、その本質は大きく異なります。
心理学者ジョン・アラン・リーは、愛のスタイルを6つに分類しました。その中で、アガペ(無私の愛・献身的な愛)は、見返りを求めず相手の幸せを願う愛とされています。一方、マニア(執着的な愛・狂愛)は、相手を失うことへの強い不安や、所有欲に駆られた愛です。
「尽くす」という行為そのものは悪いことではありません。しかし、それが「捨てられたくない」という恐れや、「これだけやっているのだから愛されるべき」という期待から生まれているとき、それは依存になります。
本当の愛は、自分を犠牲にすることではありません。自分を大切にしながら、相手の幸せも願える——そんなバランスの中にあるものです。
もし今、誰かに尽くしすぎて疲れているなら、一度立ち止まって問いかけてみてください。
「私は、誰のためにこれをしているのか?」
その答えが「相手の幸せのため」ではなく「捨てられないため」「愛されるため」だとしたら、それは見直す時期かもしれません。
あなたは、ただ存在するだけで価値がある。何かをしなければ愛されないわけではないのです。