AIを使う学校と、禁止する学校

AIを使う学校と、禁止する学校

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コラム
「子どもがAIを使ったら、自分で考えなくなるのではないか」

そう心配する大人は少なくありません。

実際、AIに作文を丸ごと書かせたり、宿題の答えだけを出させたりすれば、学ぶ機会を失うことがあります。

だからといって、AIを学校から完全に遠ざけることが正解なのでしょうか。

私は、禁止するだけでは解決しないと思います。

インターネットが広がり始めた頃にも、「子どもには使わせない方がよい」という意見がありました。

しかし現在、情報を検索し、複数の資料を比較し、信頼できる情報か判断する力は、社会で欠かせないものになっています。

AIも同じです。

大切なのは、使わせないことではなく、正しい使い方を教えることです。

たとえば、作文を書く際に、最初から完成文を作らせるのではなく、テーマについてAIと対話しながら自分の考えを整理する。

英語学習では、答えを翻訳させるだけでなく、自分が書いた英文の誤りを説明してもらう。

探究学習では、AIが出した情報をそのまま信じるのではなく、本や公的資料と比べ、本当に正しいのかを確かめる。

同じAIでも、使い方によって、思考を奪う道具にも、思考を深める道具にもなります。

数年後、学校の間には大きな差が生まれる可能性があります。

一方の学校では、AIを危険なものとして禁止し続ける。

もう一方の学校では、AIの誤りや限界も教えながら、問いを立て、情報を検証し、作品を作るために活用する。

社会に出たとき、どちらの子どもが新しい技術と向き合えるでしょうか。

これから必要なのは、AIが出した答えをそのまま提出する力ではありません。

AIに何を質問するか。
出てきた答えを疑えるか。
自分の経験や考えを加えられるか。
最後に自分で責任を持って判断できるか。

そうした力です。

学校がAIを禁止しても、子どもたちは学校の外で使います。

だからこそ、学校は逃げずに扱う必要があります。

火が危険だからといって、火そのものを教えなければ、子どもは安全な使い方を学べません。

AIも同じです。

教育の役割は、新しい技術から子どもを隔離することではありません。

新しい技術を使いながらも、考えることを手放さない人を育てることです。

AIを使う学校と禁止する学校の差は、単なるデジタル機器の差ではありません。

未知のものを学びに変えられるかどうかという、教育姿勢の差なのだと思います。
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