「存在そのもの」がコミュニケーションである構造
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コラム
「存在そのもの」がコミュニケーションである構造
多くの人は、
コミュニケーションを
「言葉のやりとり」だと思っています。
何を言うか
どう伝えるか
どう誤解されないか
でも、実際に人と人の間で
最も多くの情報がやりとりされているのは、
言葉の前です。
言葉より先に、すでに伝わっている
人と会った瞬間、
話し始める前から、
もう多くのことが伝わっています。
・安心しているか
・緊張しているか
・取り繕っているか
・余裕があるか
・何かを欲しがっているか
これは直感や勘ではありません。
構造的に、そうなっている。
人は無意識に、
相手の「状態」を読み取っています。
つまり、
> 何を話すかより前に、
どう在るかが、すでに届いている
ということです。
「存在」が発している情報量は、言葉より多い
人は常に、
自分の存在そのもので情報を出しています。
・呼吸の深さ
・姿勢
・視線
・間の取り方
・沈黙の質
これらはすべて、
無意識レベルで相手に伝わります。
だから、
・正しいことを言っているのに、なぜか響かない
・丁寧に説明しているのに、距離が縮まらない
ということが起きる。
言葉の問題ではなく、
存在の状態が一致していないだけです。
在り方が整うと、説明が要らなくなる理由
在り方が整ってくると、
不思議なことが起き始めます。
・説明したくなくなる
・分かってもらおうとしなくなる
・誤解されても、あまり揺れなくなる
これは諦めではありません。
> もう、存在で伝わってしまうから。
在り方が安定している人は、
「言葉で埋める必要」がなくなります。
結果として、
・沈黙が心地よくなる
・一緒にいるだけで落ち着く
・会話がなくても成立する
という関係性が増えていきます。
なぜ「一緒にいるだけで整う場」が生まれるのか
ときどき、
「特別なことはしていないのに、
なぜか安心する場所」
「話していないのに、
頭が静かになる人」
に出会うことがあります。
これは才能でも技術でもありません。
> その人が、
無理に何者かになっていないだけ。
存在がそのままなので、
周囲も力を抜いていい。
結果として、
場全体が自然に整う。
これは意図して起こすものではなく、
在り方の副産物です。
「伝えよう」とするほど、伝わらなくなる構造
多くの人が、
「ちゃんと伝えよう」とします。
でも構造的には、
・伝えようとする
= 何かが足りない前提
= 相手を動かそうとする力
が含まれます。
その瞬間、
存在の自然さが少し歪みます。
だから、
> 伝えない人ほど、
なぜか伝わってしまう
という逆転が起きる。
これからのコミュニケーションの基準
これからの時代、
コミュニケーションの中心は
どんどんシンプルになります。
・上手く話せるか
・分かりやすいか
・論理的か
よりも、
> その人が、
どんな状態で、そこにいるか
それだけ。
だから、
無理に話さなくていい
うまく表現しなくていい
自分を説明しなくていい
ただ、
自分の感覚に正直でいる。
それが、
最も誤解の少ないコミュニケーションになります。
結び|何も足さなくていい
この話は、
コミュニケーション能力を
高めるためのものではありません。
むしろ逆です。
> 足してきたものを、
そっと降ろすための話。
存在そのものが、
すでに十分な情報を持っている。
そう気づいたとき、
人との関係は
驚くほど静かで、楽になります。
この記録は、
何かを教えるためではなく、
> 「ここに、そう在っている人がいる」
という道標として、
静かに置いておきます。
それで十分です。
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