竈門炭治郎

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コラム
私は昔から週刊少年ジャンプを愛読しています。
ジャンプも色々な主人公が出てきました。
その中でも一番好きな主人公は、タイトルにもある竈門炭治郎です。
もうご存じですよね。
最終回を迎えてなお人気の高い『鬼滅の刃』の主人公です。


ジャンプ史上最も優しい主人公

『鬼滅の刃』は、ジャンル的にはダークファンタジーです。
私も最初、そのつもりで読んでいました。
けど、主人公の炭治郎は、ジャンプ史上最も優しい主人公と言われています。
『鬼滅の刃』自体も、ジャンプの王道を行っていると感じます。
私が忘れられない炭次郎のセリフがあります。
上弦の参・猗窩座と戦っていた時のセリフです。

「生まれた時は誰もが弱い赤子だ。誰かに助けてもらわなきゃ生きられない。」
「強い者は弱い者を助け守る。そして、弱い者は強くなり、また自分より弱い者を助け守る。これが自然の摂理だ。」

私は、弱肉強食が自然の摂理だと思っています。
けど、何故かこの言葉が頭から離れない。
確かに炭次郎の言う通り、赤子の時は必ず守られています。
間違ってはいないのです。

弱肉強食

弱肉強食は自然の摂理と言えば、思い出されるのは、同じジャンプ連載の『るろうに剣心』の志々雄真実ですね。

「所詮、この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。」

この言葉も正しい。
いや、本当に正しい。
いつだって弱者は虐げられ殺されます。

主人公の緋村剣心も、戦いの後では、

「絶対に間違っているんだ。」

と言っていましたが、志々雄との戦いの最中では、

「摂理だろうと拙者は出来ぬ。」

としか言い返していなかった。
つまり、弱肉強食を、明確に否定しきれていた訳ではないのです。

緋村剣心と竈門炭治郎の違い

炭次郎は、剣心とは違いました。
志々雄と同じく、弱者が淘汰されるのは自然の摂理と言い放った猗窩座に対し、

「お前の言ってる事は全部間違ってる。」
「お前がそこに居ることがその証明だよ。」

とハッキリと否定しました。
そして、最初の段に記載した言葉を言い放ち、自分の考えをもって、猗窩座の考えを明確に否定しました。

剣心は、弱肉強食は間違っているとは言ったものの、摂理でも自分は出来ないとしか言えなかった。
炭次郎は、その摂理自体が違うと言いました。
志々雄と猗窩座、弱肉強食は自然の摂理と言い放つ相手に対しての、2人の主人公のセリフ。

似ている様に見えても全く違いますね。

何だか目を離せない

炭次郎は何だか目が離せません。
話している考えは、物凄く甘く感じられる。
世間を知らない子供なのかと。
でも、何だか目を離せない。

いや、子供ではないのかな。
剣心でさえ否定しきれなかった、弱肉強食は自然の摂理という考えを即座に否定した。
弱肉強食とは違う自分の考えを明確に持って。
これが自然の摂理なんだと。

これも『鬼滅の刃』の魅力なのでしょうか。
この優しさに触れてみたいし、こんな優しい男になってみたい。
炭次郎が志々雄と戦ったら、ある意味、剣心より面白い思想のぶつかり合いになっていたかも知れませんね。

【引用文献】
『るろうに剣心』週刊少年ジャンプ連載 集英社 作者・和月伸宏
  『鬼滅の刃』週刊少年ジャンプ連載 集英社 作者・吾峠呼世晴





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