例1:将来透析が必要かもしれない、と言われた場合
「そろそろ、腎臓がもっと悪くなったときのことも考えていきましょう」
とお話しすると、皆さんの表情が変わります。
「私、そんなに悪いんですか……」
とショックを受ける方も少なくありません。
透析の話なんて、できれば聞きたくないですよね。
「自分はまだ先の話だと思いたい」
「針を刺すのが怖い」
「毎週通うなんて大変そう」
「透析をするようになったら、もう終わりだ」
そう思うのは、決して不自然なことではないと思います。
実際、診察室で患者さんと話していると、透析という治療を、
「腎臓が悪くなった罰として、仕方なく受けなければならないもの」
のように感じておられるのではないか、と思うことがあります。
そういう様子を見るたびに、私は少し悲しい気持ちになります。
なぜなら、私は透析をそのような治療だとは思っていないからです。
世の中には、現代の医療でも、できることが限られている病気がたくさんあります。
治療をしても病気の進行を止められなかったり、命を支える方法そのものがなかったりすることもあります。
その点、腎臓は働きが失われても体を支えるための治療法があります。
血液透析があります。
腹膜透析があります。
条件が整えば腎移植という方法もあります。
そして、その人の年齢や体の状態、これからどう過ごしたいかによっては、透析を行わず、症状を和らげながら過ごしていくという考え方もあります。
ですから私は、
「腎臓が悪くなったら、有無を言わさずに透析をやらされる」
とは考えてほしくありません。
腎臓が原因で命に危険が及びつつあるとき、生きるために選べる治療の一つです。
「透析はラクじゃない、でも、これからも生きていきたい」
と思う方もいれば、
「透析してまで生きることは、自分の望む生き方ではない」
と考える方もいらっしゃるでしょう。
私は、そのどちらか一方だけが正しいとは思いません。
そして、透析をすると決めたとしても、
血液透析なのか。
腹膜透析なのか。
あるいは移植の可能性を考えるのか。
その人にふさわしい方法は、人によって違います。
治療方針を最終的に決めるのは、医師や看護師ではありません。
ご本人です。
私たちの仕事は、
「これをやりなさい」
と一方的に決めることではなく、
どんな選択肢があるのか。
それぞれにどんな良いところと大変なところがあるのか。
その選択をすると、これからの生活がどう変わりそうなのか。
そういったことをできるだけ分かりやすく説明したうえで、
「あなたは、これからどう生きたいですか?」
と一緒に考えることだと思っています。
私は医療相談でも、基本的には同じように考えています。
検査結果や病名だけを見て、
「こうすべきです」
と答えるだけではなく、
まず何が起きているのかを整理して、
どんな選択肢があるのか、
それぞれを選ぶと何が変わるのか、
できるだけ普通の言葉でお伝えしたいと思っています。
そのうえで、
その人にとって何が一番ふさわしいのかを、一緒に考える。
それが、私の相談のスタイルです。
この文章を読んで、
「こういう説明のされ方なら、相談してみてもいいかな」
と思っていただけたなら、そのときにご利用いただければと思います。