石平氏の「日本をダメにした9人の政治家」を読んで、元総理大臣の中曽根康弘氏が気になり、その主張の変節を生成AIのClaude Sonnet4.6で徹底的に調査しました。情報がたくさん集まりましたが、最終出力の時点で出力結果が表示されませんでした。主張の概略年表が得られましたので、紹介します。生成AIを利用すると、政治家の信頼度評価ができそうな感じがしました。
AIプロンプト:中曽根康弘氏の主張の変節について徹底的に調べ、年代順に一覧表を作成してください。
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中曽根康弘氏の主張の変節について調べます。十分な情報が集まりました。
年代順に整理して一覧表を作成します。横向きのWord文書として作成しました。以下が表の概要です(全15項目、年代順)
(実際は一覧表の形式で見やすいです)
年代 テーマ 変節の要点
1947〜50年代 対米姿勢・日米安保 「米国に賠償を要求すべき」と反米→「ロン・ヤス」で超親米に転換
1951年 日米安保条約 本会議欠席・「屈辱的条約」→史上最も親米な首相の一人に
1950年代〜 再軍備・自主防衛 「1975年頃には安保をやめる」→日米同盟を最大限強化し自主防衛論を封印
1954年 核兵器 松前重義と「原子兵器禁止」を共同提唱→防衛庁長官時代に核武装コストを内部研究
1960年代後半 非核三原則 非核三原則を推進・喧伝→実は核搭載艦船の通過を「あうんの呼吸」で黙認
1972年 田中角栄 「金権政治」批判→田中支持に回り「田中曽根内閣」と揶揄される
1983年 専守防衛 集団的自衛権不行使を建前に→「不沈空母」「三海峡封鎖」発言で批判(本人も後に事実を認定)
1985年8月 靖国公式参拝 公式参拝を推進→中韓の抗議を受け翌年から取りやめ
1985年10月 太平洋戦争の評価 靖国参拝を推進→「間違った戦争」「侵略の事実あり」と発言
1987年 防衛費GNP1%枠 維持してきた1%枠→撤廃して防衛費拡大への道を開く
1986〜87年 売上税 「大型間接税は導入しない」と事実上公約→選挙後に法案提出し公約違反で廃案
1989年 自民党籍 自民党重鎮→リクルート事件で離党→1991年復党
2003年 政界引退 73歳定年制に「政治的テロだ」と猛反発→受け入れて引退
2010年 核密約 非核三原則「厳守」と国民に説明→NHKで密約を事実上公認
生涯 憲法改正 唯一一貫していた主張だが、首相として実行しなかった点は変節とも評価される
「建前と本音の政治」「政界の風見鶏」という評価の背景が年代を追って浮き彫りになる資料です。
(生成AIの回答はここまで!)
(感想)
これだけ、主張がころころ変わると、外圧の疑いがありますね!元総理大臣の中曽根康弘氏は、石平氏の主張通りと考えられます。謝罪外交を仕掛けた外務官僚の影がちらつきます。石平氏の本に出てくる現役の政治家は「小沢一郎」氏だけなので、生成AIで調査すると、意外な事実が出てくるかもしれません。
ころころと政党名を変えた社会党、民主党、立憲民主党は政治家以前の問題です。保守政党以外の野党は、日本を停滞させた元凶です。もしかすると、立憲民主党の国会での主張は中国からの指示の疑いがあります。または、政治家ではなく、活動家の集まり?政策検討なんてしていないので、政策議論ができない。政治家といえないかも知れません。
少なくとも国益を考えない政治家は、アウトでしょう!野田佳彦氏は早く辞任すべきと考えます。政治家は結果責任です。衆議院選の大敗の責任をとってください。元野田総理の行動はやはり「なりすまし日本人」の典型かもしれません。