先日、弟がやってきて、Amazonでペーパーバック出版した書籍、『人生のコレクション』という、他薦をメインにし、自選も少し取れ入れて作成した作品集の表紙をみて、弟が「表紙の女性さ、どこにでもいそうな人だな」と言いました。
そういわれたとき、私は美人ではない、どこにでもいそうな女性が好きなんだと気づきました。私にとってとてもお気に入りの絵、画像だったからです。人は鏡や撮影をしなければ、自分の姿のすべてをみることができません。しかも、3D撮影でなければ、立体的にはみられません。それでも肉眼で直接、自分の顔をみることができないのです。
それとおなじで、人は自分の心も、考えや感じ方、好みもわからないところがあるのかもしれません。だから、人に指摘される。感想を伝えられるなどして気づけることが多いのかもしれません。
いろいろと指摘、意見されることはとても大事だと改めて思ったのは、以前にも書きましたが、別の文芸サイトにupしていた『癒しのカフェ』にいろいろと詳細にコメントがあって、大幅に書き直したら、ほんとうによくなりました。
表紙の作成として、AIに、「森の中で読書している女性」とだけ依頼しました。一発で私のお気に入りのものになりました。SF的な妄想として、私はAIがたまたま私の好みの女性を描いたのか、私が検索している画像や動画、データーをチェックして描いたのか? と表紙の女性をみながらふと思いました。まあ、そうだとしていいと思います。相手をある程度、理解し、共有することは相手を思いやることでもあるので、とても重要なことだと思うからです。
弟は私の家族のなかでいちばん常識的で、かつ頼れる男です。高校生の頃から音楽活動もしてきました。
弟はまだ携帯文芸サイトしかない頃から、私に無断で私のショートショートや詩をupしていて、評判がよくても私の物語だとは伝えず、読んだ人は弟が書いたものだと思っていたらしいです。でも、こつこつと携帯で文章を書いてくれていたことを今でも感謝しています。私はそのことを聞いて、すでにパソコンでネットをしていた私は、パソコンで私のショーショートをネットにも公開するようになったのです。
弟は私の歌や歌詞を無断でつかってオリジナルソングをつくることもありますが、身内であり、悪意がないこともあって、うれしいと思っています。
『追悼コンサート』抱きしめたい
八年ぶりに音楽活動を再開した直後のためもあって、私のボーカルとして声があまりでていない時期でした。弟の娘の追悼コンサートで、弟が音楽をやめようとしていたので、なにか力になりたいと、私が企画、運営した追悼コンサートでした。
当日、プロジェクターの故障、撮影用カメラのコード紛失などがあって、きちんとした撮影ができませんでした。今思うと、娘さんの画像がいくつもでてくる映像を彼女が嫌がったのかなとも思います。
作詞作曲 ベース&ボーカル JUNK補作詞 アコースティックギター コーラスまんなかが星谷光洋エレキギター 弟の知人 名前忘れました😅当日、飛び入り参加