高校生の頃、ポジティブシンキングが流行っていました。
鳥のフンに襲われてしまったら、「ウンがついた!」と超強制的にポジティブに考え方を変換するシンキング(考え方)です。
試しましたし、実際に足を挫いてしまったとき「誰にもできない経験ができたぜ!」とポジティブシンキングで行きつきがちな”誰にもできない経験ができた”的なことを思うようにしていました。
思うようにしていましたが、懐疑的でした。
というのも、ポジティブに考えていたところで、本心では嫌だと思っています。
そりゃあ、鳥に襲われて「やったー!」と思って本気で幸せそうにしている人がいたら、それはそれでやべー人だと思います。
本心としては「最悪…」となっていましたし、意味がないと考えていました。
コップに「半分も水がある」と頑張って思ったところでコップに半分の水が入っている事実は変わらないし、本心では「半分しかない…」と強制的に思っていてはむしろ不幸を幸福に思わせる洗脳にも思えて、人生が好転するようには思えなかったからです。
その表面的に思っていることは建前なのであまり意味がない。
本心で思っていることの方が圧倒的に大事。
その考え方のベースは今も変わらないです。
ということもあって、ポジティブシンキングには懐疑的でした。
今も部分的に懐疑的ではありますが、ポジティブシンキングの使い方によっては非常に役に立つと気づきました。
というか経験しました。
ポジティブシンキングでは、あと一手足りなかったんです。
ではその一手は何かというと、
高校生の頃、ポジティブシンキングが流行っていました。
鳥のフンに襲われてしまったら、「ウンがついた!」と超強制的にポジティブに考え方を変換するシンキング(考え方)です。
試しましたし、実際に足を挫いてしまったとき「誰にもできない経験ができたぜ!」とポジティブシンキングで行きつきがちな”誰にもできない経験ができた”的なことを思うようにしていました。
思うようにしていましたが、懐疑的でした。
というのも、ポジティブに考えていたところで、本心では嫌だと思っています。
そりゃあ、鳥に襲われて「やったー!」と思って本気で幸せそうにしている人がいたら、それはそれでやべー人だと思います。
本心としては「最悪…」となっていましたし、意味がないと考えていました。
コップに「半分も水がある」と頑張って思ったところでコップに半分の水が入っている事実は変わらないし、本心では「半分しかない…」と強制的に思っていてはむしろ不幸を幸福に思わせる洗脳にも思えて、人生が好転するようには思えなかったからです。
その表面的に思っていることは建前なのであまり意味がない。
本心で思っていることの方が圧倒的に大事。
その考え方のベースは今も変わらないです。
ということもあって、ポジティブシンキングには懐疑的でした。
今も部分的に懐疑的ではありますが、ポジティブシンキングの使い方によっては非常に役に立つと気づきました。
というか経験しました。
ポジティブシンキングでは、あと一手足りなかったんです。
ではその一手は何かというと、