『わたしは すこし ちがうリズムで 生きている』
—— この小さな物語が、誰かのまなざしを変えるきっかけになりますように
📝 この作品について
この小説は、ASD(自閉スペクトラム症)のある子どもたちの心の中を、
静かな一人称で描いた6つのフィクションストーリーです。
朝の音が「痛い」と感じる感覚過敏、
予定の変更で心が追いつかなくなる不安、
言葉にできない思いを抱えたまま過ごす教室の時間。
それでも「わたしは、ここにいる」と静かに立ち続ける子どもたちの姿を、
ていねいに、やさしく紡ぎました。
💡 各章のあとに、支援者・保護者向けの解説つき
物語のあとには、それぞれのシーンから見えてくる発達特性と支援のヒントを掲載しています。
感覚や認知、行動の背景にある「特性」を専門的に整理し、
TEACCHや応用行動分析(ABA)の視点をふまえて、現場で活かせる視点を盛り込んでいます。
物語としても、支援教材としても。
“わかりあいたい”と願うすべての人の手に届けたい一冊です。
目 次
■ 第1章 朝の音が痛い
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第2章 スケジュールが変わった日 - この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第3章 ことばが うまく でてこない - この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第4章 わたしのことを わかってくれた人
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第5章 わたしの中の“もうひとりのわたし”
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第6章 わたしのリズム、きみのリズム
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ あとがき
【第1章 朝の音が痛い】
チチチチチッ。
鳥の声がする。
朝になると、毎日同じように聞こえるその声が、わたしには、まるでガラスのかけらを耳の中に入れられたみたいに痛い。
やさしい音のはずなのに、耳がぎゅっと閉じたくなる。
わたしはおふとんの中で、そっと耳をふさぐ。
両手で耳をおさえると、少しだけ安心する。
でも、手が熱くなってくると、今度は肌がチクチクして、手を離したくなる。
だからまた耳を開いて、音がじかに飛びこんでくるのをがまんする。
このくりかえしが、わたしの朝のはじまり。
カーテンのすきまから、朝の光がさしこんでくる。
その光は、わたしにとっては「まぶしい」じゃなくて、「痛い」。
目を開けたとたんに、まぶたのうらがチカチカして、
頭の中で光がバラバラにひろがって、何かにぶつかる音が聞こえるような気がする。
——「もうすぐ朝ごはんよー!」
リビングからお母さんの声がする。
お母さんの声は好き。だけど、大きな声で呼ばれると、心がぎゅっとつまってしまう。
起こしてくれるのはありがたいけど、静かに、そっと声をかけてくれたほうが、わたしにはうれしいのにな。
わたしは、そっとふとんをめくる。
今日も、がんばって起きなきゃ。
学校がある日は、できるだけ「いつもどおり」にしないと、不安になってしまう。
廊下を歩くと、スリッパの音が「ペタ、ペタ」って鳴って、それも少し気になる。
でも、今日はまだマシな日。
昨日は、お父さんがリビングでテレビの音を大きくしていて、それが頭の奥でガンガン鳴って、朝から泣きそうだった。
台所に行くと、お母さんが目玉焼きを焼いていた。
「ジュウッ」というフライパンの音が、体の中まで響く。
音なのに、まるで体を押されてるみたいに感じる。
その音にびっくりして、わたしは思わず目をぎゅっと閉じた。
でも、お母さんは気づかない。
「パン焼くね〜」って明るく言いながら、トースターをガチャンと押した。
音が重なってくると、頭の中がわちゃわちゃしてくる。
何から守ればいいのか、わからなくなる。
だから、わたしは自分の部屋に戻って、しばらくタイマーを見つめる。
このタイマーは、わたしの味方。
あと何分で家を出るか、ピカピカ光って教えてくれる。
「あと12分」。そう表示されたその数字が、わたしの中を少しだけ落ちつかせてくれる。
制服に着がえるときは、まず靴下。
次にズボン。そのあとシャツ。
順番が変わると、体がうまく動かなくなるから、わたしは毎日同じ手順でやる。
お母さんが「今日はシャツから着たら?」って言うことがあるけど、それはできない。
「制服を着たら、かならず鏡を見る」っていうのも、わたしの決まり。
前と後ろを見て、ボタンがちゃんと留まっているか、えりが曲がっていないか確認する。
それが終わったら、ランドセル。
前の日に準備したはずなのに、今日の朝もう一度ぜんぶ出して、また入れなおす。
プリント、連絡帳、筆箱。
入っているとわかっていても、入れなおさないと気がすまない。
「そんなに確認しなくても大丈夫よ」と、お母さんは言うけど、
わたしにとっては、それが「大丈夫」のために必要なこと。
朝ごはんのパンは、ちょっとだけ耳を残した。
お母さんは「耳も食べたほうがいいよ」と言うけど、耳のカリカリが苦手。
口の中がギシギシして、頭がキーンってなる。
わたしはそれを言葉で説明するのが苦手だから、
「ちょっとお腹いっぱい」とだけ伝えた。
お母さんは、少し困った顔をしたけれど、「そっか」と言ってくれた。
その「そっか」が、今日はなんだか優しくて、ほっとした。
タイマーが「あと3分」って光る。
わたしは深呼吸をして、くつ下をもう一度なおす。
今日も朝をクリアできた。
わたしは毎日、静かに戦ってる。
だれにも見えないところで、自分の中のざわざわと、音と、光と。
でも、それでもちゃんと今日もスタートできたことを、わたしはわたしに伝えてあげたい。
「だいじょうぶ。今日もちゃんと歩き出せたよ」
■ この物語から見える発達特性と支援のヒント
🧠 第1章「朝の音が痛い」から見えること
この章では、ASDのある子どもが「一日のはじまり」で感じている困難や工夫が、静かに、しかしとてもリアルに描かれています。特に、以下の特性領域が関係しています。
🔊【感覚の特性】
🧩【時間の整理統合の特性】
🔁【ルーティン行動・構造化の必要性】
🤐【表出コミュニケーションの特性】
📝 支援者・保護者へのメッセージ
朝は、その日のコンディションに大きく影響する時間帯です。
この子にとっての「朝」は、目覚めと同時に戦いが始まる時間でもあります。
だからこそ、
静かな声かけ
予定の可視化
手順の安定化
感覚刺激の調整
といった「先回りの支援」が、その子にとっての一日を“歩きやすくするリズム”になります。
「ただ起きて、準備して、学校へ行く」という日常の中にも、見えない努力と工夫がたくさんある。
それを知ったうえで、「よくがんばってるね」と伝えることが、なによりの支援になるのかもしれません。
【第2章 スケジュールが変わった日】
教室の空気が、ちょっとだけちがっていた。
朝の会がはじまる前、先生が黒板の左うえにある「今日の予定表」を消しゴムで消しているのを見たとき、わたしの心の中に、小さな不安のかけらが落ちた。
『わたしは すこし ちがうリズムで 生きている』
—— この小さな物語が、誰かのまなざしを変えるきっかけになりますように
📝 この作品について
この小説は、ASD(自閉スペクトラム症)のある子どもたちの心の中を、
静かな一人称で描いた6つのフィクションストーリーです。
朝の音が「痛い」と感じる感覚過敏、
予定の変更で心が追いつかなくなる不安、
言葉にできない思いを抱えたまま過ごす教室の時間。
それでも「わたしは、ここにいる」と静かに立ち続ける子どもたちの姿を、
ていねいに、やさしく紡ぎました。
💡 各章のあとに、支援者・保護者向けの解説つき
物語のあとには、それぞれのシーンから見えてくる発達特性と支援のヒントを掲載しています。
感覚や認知、行動の背景にある「特性」を専門的に整理し、
TEACCHや応用行動分析(ABA)の視点をふまえて、現場で活かせる視点を盛り込んでいます。
支援者:読み聞かせ教材・事例検討・新人研修などに
保護者:わが子の「気持ち」に寄り添い直すきっかけに
当事者支援:本人に読んでもらう/一緒に読むことで共感と安心を
物語としても、支援教材としても。
“わかりあいたい”と願うすべての人の手に届けたい一冊です。
目 次
■ 第1章 朝の音が痛い
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第2章 スケジュールが変わった日 - この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第3章 ことばが うまく でてこない - この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第4章 わたしのことを わかってくれた人
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第5章 わたしの中の“もうひとりのわたし”
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ 第6章 わたしのリズム、きみのリズム
- この物語から見える発達特性と支援のヒント
■ あとがき
【第1章 朝の音が痛い】
チチチチチッ。
鳥の声がする。
朝になると、毎日同じように聞こえるその声が、わたしには、まるでガラスのかけらを耳の中に入れられたみたいに痛い。
やさしい音のはずなのに、耳がぎゅっと閉じたくなる。
わたしはおふとんの中で、そっと耳をふさぐ。
両手で耳をおさえると、少しだけ安心する。
でも、手が熱くなってくると、今度は肌がチクチクして、手を離したくなる。
だからまた耳を開いて、音がじかに飛びこんでくるのをがまんする。
このくりかえしが、わたしの朝のはじまり。
カーテンのすきまから、朝の光がさしこんでくる。
その光は、わたしにとっては「まぶしい」じゃなくて、「痛い」。
目を開けたとたんに、まぶたのうらがチカチカして、
頭の中で光がバラバラにひろがって、何かにぶつかる音が聞こえるような気がする。
——「もうすぐ朝ごはんよー!」
リビングからお母さんの声がする。
お母さんの声は好き。だけど、大きな声で呼ばれると、心がぎゅっとつまってしまう。
起こしてくれるのはありがたいけど、静かに、そっと声をかけてくれたほうが、わたしにはうれしいのにな。
わたしは、そっとふとんをめくる。
今日も、がんばって起きなきゃ。
学校がある日は、できるだけ「いつもどおり」にしないと、不安になってしまう。
廊下を歩くと、スリッパの音が「ペタ、ペタ」って鳴って、それも少し気になる。
でも、今日はまだマシな日。
昨日は、お父さんがリビングでテレビの音を大きくしていて、それが頭の奥でガンガン鳴って、朝から泣きそうだった。
台所に行くと、お母さんが目玉焼きを焼いていた。
「ジュウッ」というフライパンの音が、体の中まで響く。
音なのに、まるで体を押されてるみたいに感じる。
その音にびっくりして、わたしは思わず目をぎゅっと閉じた。
でも、お母さんは気づかない。
「パン焼くね〜」って明るく言いながら、トースターをガチャンと押した。
音が重なってくると、頭の中がわちゃわちゃしてくる。
何から守ればいいのか、わからなくなる。
だから、わたしは自分の部屋に戻って、しばらくタイマーを見つめる。
このタイマーは、わたしの味方。
あと何分で家を出るか、ピカピカ光って教えてくれる。
「あと12分」。そう表示されたその数字が、わたしの中を少しだけ落ちつかせてくれる。
制服に着がえるときは、まず靴下。
次にズボン。そのあとシャツ。
順番が変わると、体がうまく動かなくなるから、わたしは毎日同じ手順でやる。
お母さんが「今日はシャツから着たら?」って言うことがあるけど、それはできない。
「制服を着たら、かならず鏡を見る」っていうのも、わたしの決まり。
前と後ろを見て、ボタンがちゃんと留まっているか、えりが曲がっていないか確認する。
それが終わったら、ランドセル。
前の日に準備したはずなのに、今日の朝もう一度ぜんぶ出して、また入れなおす。
プリント、連絡帳、筆箱。
入っているとわかっていても、入れなおさないと気がすまない。
「そんなに確認しなくても大丈夫よ」と、お母さんは言うけど、
わたしにとっては、それが「大丈夫」のために必要なこと。
朝ごはんのパンは、ちょっとだけ耳を残した。
お母さんは「耳も食べたほうがいいよ」と言うけど、耳のカリカリが苦手。
口の中がギシギシして、頭がキーンってなる。
わたしはそれを言葉で説明するのが苦手だから、
「ちょっとお腹いっぱい」とだけ伝えた。
お母さんは、少し困った顔をしたけれど、「そっか」と言ってくれた。
その「そっか」が、今日はなんだか優しくて、ほっとした。
タイマーが「あと3分」って光る。
わたしは深呼吸をして、くつ下をもう一度なおす。
今日も朝をクリアできた。
わたしは毎日、静かに戦ってる。
だれにも見えないところで、自分の中のざわざわと、音と、光と。
でも、それでもちゃんと今日もスタートできたことを、わたしはわたしに伝えてあげたい。
「だいじょうぶ。今日もちゃんと歩き出せたよ」
■ この物語から見える発達特性と支援のヒント
🧠 第1章「朝の音が痛い」から見えること
この章では、ASDのある子どもが「一日のはじまり」で感じている困難や工夫が、静かに、しかしとてもリアルに描かれています。特に、以下の特性領域が関係しています。
🔊【感覚の特性】
聴覚過敏:鳥の声やフライパンの音、目覚ましなど、通常の生活音であっても「痛い」「びっくりする」といった強い刺激として受け取ってしまう。
視覚過敏:朝の光やカーテンのすき間から入る日差しも「チカチカ」「まぶしすぎる」と感じる。
→ 支援視点:本人にとっては「不快」ではなく「苦痛」に近い刺激であることを理解し、環境調整(照明・音量)や予防的配慮が求められます。
🧩【時間の整理統合の特性】
時計やスケジュールを「不安の軽減手段」として使っている。
「あと何分か」がわかる視覚的なタイマーが、安心のために必要な支援ツールになっている。
→ 支援視点:抽象的な“時間”を視覚化することで、不安の軽減・行動の予測可能性を高めています。タイマーやスケジュールボードは「見せる支援」として極めて有効。
🔁【ルーティン行動・構造化の必要性】
着替えの順番、ランドセルの再チェックなど、「決まった手順」を守ることで安心感を得ている。
順序が崩れると「うまく動けない」状態になりやすい。
→ 支援視点:「こだわり」と見るのではなく、**“自分を整えるための順序性”**と理解することが重要。
日常生活動作の構造化(ToDo表・視覚指示など)も有効です。
🤐【表出コミュニケーションの特性】
パンの耳が苦手でも、うまく理由を伝えられず「お腹いっぱい」と言ってしまう場面が描かれている。
→ 支援視点:感覚特性や不快感の「理由」を言語で説明するのが難しいことがあるという視点を持ち、**行動から察する視点・代替手段(カード・表情スケールなど)**の活用が大切です。
📝 支援者・保護者へのメッセージ
朝は、その日のコンディションに大きく影響する時間帯です。
この子にとっての「朝」は、目覚めと同時に戦いが始まる時間でもあります。
だからこそ、
静かな声かけ
予定の可視化
手順の安定化
感覚刺激の調整
といった「先回りの支援」が、その子にとっての一日を“歩きやすくするリズム”になります。
「ただ起きて、準備して、学校へ行く」という日常の中にも、見えない努力と工夫がたくさんある。
それを知ったうえで、「よくがんばってるね」と伝えることが、なによりの支援になるのかもしれません。
【第2章 スケジュールが変わった日】
教室の空気が、ちょっとだけちがっていた。
朝の会がはじまる前、先生が黒板の左うえにある「今日の予定表」を消しゴムで消しているのを見たとき、わたしの心の中に、小さな不安のかけらが落ちた。