はじめまして。
年子4人を育てる30代ワーママ、しろなです。
今でこそパニック障害も克服し、
HSP気質とうまく付き合いながら、
毎日笑って過ごしていますが
正直、あの頃は生きてるだけで精一杯でした。
体はボロボロ、心はすり減って、
でも「母だから」「嫁だから」
「弱音を吐いてはいけない」と思い込んで、
ひたすら我慢していました。
正直こんなタイトル、
出していいのかなって何度も迷いました…
信じてもらえるかわかりませんが
今日のお話は本当にわたしの身に起きたことです。
ずっと誰にも言えずにいたこと…
今、あの頃の私を救ってあげたくて書きました
数年前 ____
産後、心も体も限界だった頃。
“義母”という存在が、
わたしの自信をゆっくり削っていった。
今は笑って話せるけど、当時の私は
「息をするのもつらい」くらい、
精神的に追い詰められていた。
あの頃の私が感じた“違和感”や
“傷ついた体験”は、
今でこそ言葉にできるけど、
当時は誰にも話せなかったほど深いものでした。
きっとこれは、誰かの無神経な言葉で
また誰かが傷つくかもしれない、
そんな“身近すぎて誰も語らないテーマ”
だからこそ、
ちゃんと読もうとしてくれる人に届けたい。
そして、これは
「書くことでやっと癒えた私自身の物語」
でもあるから。
大切に読んでもらえたら、とても嬉しいです。
第1章 : 異常なまでの“息子愛”
「私はね、兄弟の中でも○○(夫)が
いちばん大好きなのよ」
「あなたも、うちの“宝物”を大切にしてね」
はじめは微笑ましいのかな、と思った。
でもそれが30分、1時間、2時間…
と続くうちに、
私はただの“外から来た女”なんだな
って思い知らされた。
幼少期から1番可愛がってきたのが私の夫で、
もし何かしようものなら絶対に許さない
と言いそうなまでの気迫を感じた。
私がどんな人間かとか、
どんな気持ちで子育てしてるとか、
そういうのはどうでもよくて、
とにかく「息子命」。
それ以外の存在は背景扱い。
「よそから来た人」ってこういうことかって、
静かにショックを受けた。
第2章 : 私が崩壊した日
ある日、わたしは我が子に母乳をあげていた。
すると義母が近づいてきて、
「ちょっと見せて」と言った。
何が始まるのかもわからないまま、
私はそのまま座っていた。
次の瞬間、
義母の手が、私の乳首をつねった。
はじめまして。
年子4人を育てる30代ワーママ、しろなです。
今でこそパニック障害も克服し、
HSP気質とうまく付き合いながら、
毎日笑って過ごしていますが
正直、あの頃は生きてるだけで精一杯でした。
体はボロボロ、心はすり減って、
でも「母だから」「嫁だから」
「弱音を吐いてはいけない」と思い込んで、
ひたすら我慢していました。
正直こんなタイトル、
出していいのかなって何度も迷いました…
信じてもらえるかわかりませんが
今日のお話は本当にわたしの身に起きたことです。
ずっと誰にも言えずにいたこと…
今、あの頃の私を救ってあげたくて書きました
数年前 ____
産後、心も体も限界だった頃。
“義母”という存在が、
わたしの自信をゆっくり削っていった。
今は笑って話せるけど、当時の私は
「息をするのもつらい」くらい、
精神的に追い詰められていた。
あの頃の私が感じた“違和感”や
“傷ついた体験”は、
今でこそ言葉にできるけど、
当時は誰にも話せなかったほど深いものでした。
きっとこれは、誰かの無神経な言葉で
また誰かが傷つくかもしれない、
そんな“身近すぎて誰も語らないテーマ”
だからこそ、
ちゃんと読もうとしてくれる人に届けたい。
そして、これは
「書くことでやっと癒えた私自身の物語」
でもあるから。
大切に読んでもらえたら、とても嬉しいです。
第1章 : 異常なまでの“息子愛”
「私はね、兄弟の中でも○○(夫)が
いちばん大好きなのよ」
「あなたも、うちの“宝物”を大切にしてね」
はじめは微笑ましいのかな、と思った。
でもそれが30分、1時間、2時間…
と続くうちに、
私はただの“外から来た女”なんだな
って思い知らされた。
幼少期から1番可愛がってきたのが私の夫で、
もし何かしようものなら絶対に許さない
と言いそうなまでの気迫を感じた。
私がどんな人間かとか、
どんな気持ちで子育てしてるとか、
そういうのはどうでもよくて、
とにかく「息子命」。
それ以外の存在は背景扱い。
「よそから来た人」ってこういうことかって、
静かにショックを受けた。
第2章 : 私が崩壊した日
ある日、わたしは我が子に母乳をあげていた。
すると義母が近づいてきて、
「ちょっと見せて」と言った。
何が始まるのかもわからないまま、
私はそのまま座っていた。
次の瞬間、
義母の手が、私の乳首をつねった。