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※ココナラスキルマーケットにおける実績です。

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エンジニアやPdMバックグラウンドの人間が事業責任者になる道のり

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2025年08月19日 22:18

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BASE株式会社執行役員の柳川です。金融事業の事業責任者をしています。
私はエンジニア→PdM→事業責任者というキャリアを歩んできました。
現在は事業戦略、プロダクト戦略、組織戦略全ての責任を持ちながら、事業責任者を務めさせていただいています。

今までの経験から一枚の図でプロダクトで稼ぐ事業の全体観を表現してみました。この全体観に関しては、事業責任者にはすべて網羅して欲しいところなのですが、いきなり全てを行うのは無理だと思います。
そこで、一例として実際に私が広げてきた手順を体験記の形で書かせていただきました。

実は僕はいろいろなところで記事を書いています。基本的には無料で公開しているのですが、今回ココナラコンテンツマーケットを使ってみたくて有料で記事を書いてみました。一応自分の中で有料記事と無料記事の整理をしています。有料記事では抽象化しすぎずに具体的な経験や体験を書かせていただこうと思っています。
どれくらい読まれるか分かりませんが、赤裸々に書かせていただきたいと思います。

あとバーっと書いちゃっているので、この辺りもっと詳しくとかあったら質問ください。メッセージいただければ、購入者には何度でも個別で答えます。経験の守備範囲は広い方なので大抵のことには答えられると思います。
記事ちょい高いんですが、質問に答えるよ費用も入っていると思ってご容赦ください。

前提

僕の場合は他にケイパがある人がいない状況の中で、プロダクトの成長に合わせて、まずは自分が出来るようになることで徐々に広げてきました。ゆえに権力闘争的な話だったり、ケイパがある人が複数いる状態でどう役割を分担をするかだったり、落下傘的にできる人を連れてくるとかの手法は書かれていません。
逆にやったことがある人がいない中でどのように自発的に役割を広げていくかだったり、自分が習得した役割をどう渡していくかには一家言あります。
期待値コントロールをどうやるかとかも語れます。

前段

今回の話はBASE株式会社への入社後から書きたいので、それ以前の話をまずは書かせてください。

僕のキャリアはエンジニアから始まりました。学生時代に開発経験は全くなし。
なんでエンジニアになったかというと、新卒時代選考本当に通らなくて。誇張じゃなくマジで100社受けたんです。あの時はまだそういう時代でした。
その過程の中で広告系の業界のセミナーに参加しました。そこで講師の方が「僕は人の顔を見れば、その人がどんな仕事が向いてるかわかる」と言っていました。真剣に悩んでいたので、聞いてみました。そうすると「うーん、エンジニアとかじゃない?」と言われたので素直に業界変更しました。素直なんですよね案外。
ちなみにこの時の経験もきっかけになり、見た目やファッションに目覚めました。

新卒で100社受けるのもどうかと思いますが、そもそもバイトの面接も先輩に紹介してもらった漫画喫茶とか落ちてましたね。態度は生意気なのに見た目は貧相だったからでしょうね。

もちろんインターネットやテクノロジーが好きみたいな感情もありました。少人数でできることが増えることに意義があると感じていました。個人個人のWILLが大事だという気持ちは一貫して持っています。

そんなこんなで、1社目はTISというSIerで鍛えたいただきました。
本当にいい会社でした。感謝しています。
ちょうど僕が社会人になった2014年は「いつまでプログラマやっているの?」的なエンジニア35歳定年説に対してのバックラッシュが起きている時期でした。故に逆にちゃんとコード書かないとねと言う雰囲気がありました。なのでみっちりと開発の基礎を教えていただきました。運が良かった。

ただ個人の趣向的にSIerは合いませんでした。人を人月で扱う構造への疑問と、もっとちゃんと何作るかから考えたいと言う思いがあり、自社でプロダクトがある会社に転職しました。TISでは2年も働けませんでした。教育いただいたのに申し訳ございませんでした。

2社目はマイクロアドと言う広告配信システムを作っている会社に入社しました。念願の自社プロダクト!ですが、実際には営業要望中心での開発進行でした。ここで「自社でプロダクトがあるだけではダメで、ビジネスモデルから考えないと自分がやりたいことはできないのだと言うことに気がつきました。1年で辞めました。これはただの好みの話で、マイクロアドは素晴らしい会社です。とても勉強させていただきました。大変申し訳ありませんでした。

3社目が現在の会社であるBASEです。ビジネスモデル的にやりたいことにぴったりでした。インターネットでユーザーを集めてプロダクトで稼いでいる会社。今日日貴重ですよ、このビジネスモデルは。
自分の働き方としても良いと思いましたし、世の中に出す価値としても良いと思い入社しました。

BASEいいサービスですよ。ぜひショップ作ってみてください。

入社時はなんの特技もない、純粋な第二新卒エンジニアとして入社させていただきました。何者でもなかった私を拾っていただき感謝しています。思うに新卒TISのカードは業界では強かったです。本当にありがとうございます。
このような境遇から、もちろん誰も僕が事業責任者になる期待はしていなかったと思います。でも僕個人はこれだけもがいて、わがままを言い転職してきたわけなので、いろんな意味で背水の陣でした。

エンジニアからスタート

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2017年の7月にBASE株式会社に入社しました。

1社目と2社目でコードの書き方は学びましたが、プロダクト?開発?と言う感じではありました。なので新しい環境で見様見真似でなんとか開発とデリバリーを繰り返しました。
入社して半年ほどで、少し大きめのプロダクト開発を担当しました。大まかな「こう言うことがやりたい!」と言う思いを社長から受け取り、その後は要件定義から実装までほぼほぼ1人で行いました。

毎日終電まで残って進めました。それでも全然終わる気がせず毎日泣きそうでした。もちろん周りの同僚は助けてくれました。助けて欲しいと言えば助けてくれましたが、どうやって助けて貰えばいいかも下手くそで分かりませんでした。この時の追い詰められた経験が決定的に自分を変えて、ラストマンシップが身につきました。決済のコードとかバリバリにいじってたので、リリースするのまじで怖かったな。

なんとかかんとかしてリリースが終わった近辺で、新しく金融事業が立ち上がる気配を察知しました。この辺りは出社前提の時代のいいところですね。
毎日終電まで仕事をしてやり遂げたと言うのは、新規事業に参画するには非常に大事なことだったりします。そのみていてくれた人がいたみたいで、なんとか金融事業の立ち上がりに参加することができました。

昔から僕は鼻っ柱が強いタイプだったので、「プロダクトマネージャーなんかいらない、俺が要件定義も開発も全部やってやる、故に偉そうにするな」的なノリでやってましたね。ダルイやつですね。
なのでいわゆるプロダクトの開発工程においては、PdMの役割も含めて全てやってました。チーム開発というよりは、それぞれ頑張るみたいな時代だったのもあるとおもます。

ちなみに昔はスクラム開発とかどうかしていると思っていました。今も脳死でスクラムイベントをしているスクラム開発はどうかしていると思っています。
アジャイルの思想は大好きだしバイブル。

YELL BANKのリリースが2018年12月とかなので、いわゆる開発からプロダクト新規開発をメインに手を動かしてやってたのは約5年とかなんですね。

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