おはようございます。こんにちは。こんばんは。ブログを閲覧いただきありがとうございます。
youtubeにて「語り部朗読BAR」というチャンネルを運営しております。
自身で小説を書き、声優さんに朗読していただいたものに動画編集をして公開しております。
たまに作者自身の北条むつき朗読もございます。
今回ご紹介の朗読動画は、喧嘩した時、相手がうざい時に使える新しいアプリのお話です。
良かったら聴いていただけると嬉しいです。
・朗読動画もご用意しております。
・文字をお読みになりたい方は、動画の下に小説(文字)がございます。
◉夫バンク
作者:北条むつき
朗読:悠奈ゆかり
女同士の息抜きに学生時代の友人、紗栄子《さえこ》の家にお邪魔していた。最近の紗栄子はよく笑っている。以前は夫の愚痴ばかり聞かせれ、距離をおいた時期もあった。でも何かが吹っ切れたのか、紗栄子は最近妙に楽しげだ。
そういう紗栄子が私は羨ましい。逆に私はここ最近、夫の愚痴を紗栄子に聞いてもらっている。昨夜連絡をとり、今日も日中に紗栄子宅にお邪魔していた。
「ねえ、紗栄子? 最近機嫌いいね? どうしたの?」
「そう? エヘヘッ……」
にこやかに笑う紗栄子。私は二人だけだと思い、突っ込んだ事を言う。
「まっまさか、男できて、浮気とかしてんじゃあ?」
「違うわよ!」
そこはハッキリと断る紗栄子だった。しかし次に聞き慣れない言葉を口にした。
「夫バンク使ってるの!」
「えっ……」
私は、その言葉に首を傾げた。それを見越してか、微笑みながら紗栄子は夫バンクを進めてくる。
「あなたも、グチグチとずっと抱え込んでるんだったら、いっそお願いしたらいいわよ」
笑顔の紗栄子だが、嫌味を言われたのかと思い反論する。
「ちょっと……。前は私も良く話を聞いてあげたじゃん! 何? 嫌味?」
騒ぐように言った私の言葉を遮るようにピシャリと言いのける。
「違うわよ!」
すぐに切り返す紗栄子は、スマートフォンを取り出すと、アプリを立ち上げ見せる。
「何?」
「まあまあ、ちょっと見てよ」
笑顔の紗栄子に私は戸惑いながらアプリ内の表示に目をやった。
【妻の強い味方、夫バンク。一度は別れを考えたあなたへ、ご褒美の時間。ただ預けて、必要な時、引き出すだけ】
そんな謳い文句の表示に私は思わず笑った。
「何? ソーシャルゲームとか? なんなの? これ……」
ゲームアプリかと思えるサラリーマンっぽい男性のイラストが手を挙げ、建物に入っていく単調なGIFアニメが表示された後、女性の柔らかい声で、動画が始まった。
【一度は、離婚や別居を考えた女性の強い味方!】
【喧嘩や悩み事があった時に!】
【我が社は、丁重にあなたの夫を預かります】
【日々の悩みから解放された時間は全てあなたのもの】
【夫バンクは、夫婦円満の秘訣! 別れる必要ございません】
動画の最中に、紗栄子は口を割るように笑顔で私に勧める。
「どう言うサービスか、わかる?」
「えっ……いや……まだ……」私は少し戸惑うが紗栄子は続ける。
「大丈夫。喧嘩をした時や、いると迷惑な時にお金を預けるのと同じ感覚で、銀行に夫自体を預ける場所ってことよ」
「えっ……!?」
私は紗栄子の言葉に思わず声を挙げた。
まさか今の世の中、いろんなサービスがあれども、こんな裏技的なサービスがあるのかと少し身震いする。
しかし私はここ最近、子供や夫婦生活、考え方の違いで、夫と喧嘩が絶えなかった。家事も育児も手をつけられずで悩みを抱えていた。
今日は夫の愚痴や悩みを解消させるため、紗栄子宅にお邪魔し、ただ茶菓子を食べ、女同士の会話に華を咲かせる。
そんな日常に戻るストレス発散場所と、軽い気持ちで来た紗栄子宅だったはず……。
まさかこんな珍しいサービス。いや変わり種の一見、人権団体にバレると危ないようなサービスを勧められるとは思ってもみなかった。
「願ったり叶ったりでしょ? 私、使ってるの……。あなたもどう?」
紗栄子は勧めてくる。
「使ってるって? 大丈夫なの? 夫にバレバレでしょ? 子供を保育園に預けるようには行かない訳だし……」
私は内容に興味を示したが「夫は子供や物ではないんだから無理よ」と言い返す。
と突然紗栄子は笑い出した。
「ハハッ……。上手いこと言うわね。保育園に預けるのと同じよ?」
「えっ〜! ま〜さかあ!」
驚きながら、返事をすると丁寧に紗栄子は説明をしてくれた。
「そう、そのまさかよ。大丈夫、必要ない時は預けて、いる時に引き出すだけ」
そんな都合の良いサービスがあるのかと、半信半疑になりながら、私は紗栄子に勧められスマートフォンにアプリを入れた。
「まぁ預ける時はタダだけど、引き出すときに手数料取られるけどね? 銀行と一緒。気が引けるかもだけど、一回やるとクセになるわよ?」
そんな紗栄子の言葉にのせられ、私は記入欄を埋めていく。
「でも、これバレないの? どういう仕組み? 預けるって言っても、夫を保育園に連れてでも行く気?」
「まあまあ、騙されたと思って、登録完了してよ。今、喧嘩中なら、やってみる価値あるし」
「あっうん……」
ちょっと戸惑う中、私は名前と住所を登録し終える。すると表示が変わり、預け日、引き出し日、夫とのイザコザ修復機能というボタンが現れた。
「えっ……。ちょっと怖い気もするけど……」
「まあまあ、別れることや別居すること考えると気楽で良いし、まあ預けてしまえば自由が効くわよ? 喧嘩中なら、今日預けちゃえば?」
紗栄子はご主人を人として扱っていないにも思える発言。でも私もこの後、家に帰っても、また夫が帰ってくるストレスもある。
もう気持ちだけがはやり、預けるボタンを押していた。
次に日時を聞かれ、私は今日の日付と時間を入力する。すると、対立、悩みの内容を記載する欄が現れる。『2000文字以内で喧嘩した内容と修復したい思いを記載してください』と表示が出てくる。
「そこは喧嘩の内容も重要だけど、今後どう修復したいかを書けばいいわ」
「そうなの?」
紗栄子に促されると重たい気持ちが少しマシになった。
「このアプリの良いところは、別居や離婚とは違い、お手軽さ。まだ相手を好きだから使ってる人も多いらしいわ。あなたも離婚なんて考えてなさそうだし? だから勧めてるのよ」
「あっ、うん……ありがとう……」
半信半疑。正直戸惑う。でも最近の微笑ましい紗栄子を見ていると、使っても問題ないんだろうと思え、入力し終える。完了ボタンを押し終え、入金ならぬ、入夫(はいるおっと)『にゅうふ』しますかと尋ねられた。
ポンと私の肩を叩き、紗栄子が笑顔になる。
「定期的に使ってる私は今、幸せなの!」
笑う紗栄子を見ると悩みを解放されたい思いで入夫(にゅうふ)ボタンを押していた。
【入力完了! 本日18時、あなたの夫を1週間、当バンクにて預かります】
音声メッセージが流れた。
突然「良いもの見せてあげる……」ちょっと色目づかいになり、紗栄子は私をある場所に連れ出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私たちが住む街の一角にこんな場所が、いつの間に出来ていたのだろう。紗栄子の車に乗せられて連れて来られた場所。コンビニのような平家の建物が目の前にある。
コンビニとは違い、煌々した灯りは無い。ただの平家で白い壁と入り口付近に『夫バンク』と書いてある。建物前には駐車スペースがあり、既に何台もの車が停まっていた。
「もうすぐ18時ね?」
紗栄子が腕時計を確認しながら私に言った後だった。見覚えある背格好をしたスーツを着た男性がひとり、ゆっくりと夫バンクに入ろうとしていた。
「あっ……」
声を上げた。
夫だ。思わず見入ってしまう。まさか、夫がこの場所に現れるとは思っていなかった。だが夫はどこか虚だ。意識はハッキリしているのかいないのか。足取りがいつもの感じと少し違った。少し怖さもあったが、それをただ見守った。暫くすると夫は平家の中へ消えた。
「ね? 自動でしょ?」
紗栄子がそう言った時、突然、私の目の前の景色が揺らいだ。そして自分の意思とは関係なしに助手席の扉を開けていた。
「あら? 朋絵(ともえ)……。どうしたの?」
紗栄子の言葉に頭では返事ができるが、声が出ない。いや、私は違う言葉を発していた。
「私も妻バンクに預けられたみたい……」
自分でそう言うと、車を出て、勝手に平家に向かい動き出す。
うっ嘘でしょ!? そう思ってはいるものの体は勝手に平家に動き出し止まれない……。
と、慌てふためく様子もなく紗栄子は私に手を挙げ言った。
「あら? 旦那さんも同じ事を考えてたみたい……」
聞こえる紗栄子の声は遠くなる……。
「朋絵(ともえ)、ざーんねん……。いつ迄かは、知らないけど『妻バンク』に行ってらっしゃい。戻ってきた時には、旦那さんとの喧嘩の記憶はないからね?」
「……あっえっ……」声が声にならない……。
最後に紗栄子の言葉が小さく聞こえた。
「あははっ。お互い様って面白いね……。バイバイ……」
つづく
◆◇◆◇◆◇◆◇
【夫bank・おまけ】
作者:北条むつき
朗読:朗読者の名前
「あなた! 息子のショウジのことも考えてよ!」
「うるさいなぁ……。あいつはアイツで、ちゃんと考えて進むんだから、いいじゃないか! 俺たち親が、ウダウダいう時代ではないだろう?」
またうちの親たちが喧嘩している……。はっきり言って迷惑。
母さんは俺を私立の名門に入れたいらしいし、父さんは、俺のことはどうでも良いらしい……。てか、毎日何かしら、喧嘩ってウザいんだよなぁ……。やっぱりアレ使おうかな……。
日々、親の喧嘩を目の当たりしていた僕は、友達のコウキに教えられたアプリを立ち上げた。
「ショウジのところも毎日喧嘩してんだなぁ……。ったく親って、いらなくね?」
「う……ん……まあ……」
そんな僕にコウキはこのアプリを教えてくれた。
僕は『パパママバンク』というアプリを立ち上げる。
ボタンを押して進んでいくと、対立、悩みの内容を記載する欄が現れる。
2000文字以内で喧嘩している内容と修復したい思いを記載する項目が出てきた。
「ああ、もう1ヶ月ぐらい親なんて居なくていいや……」
僕は完了ボタンを押すと、スマートフォンをベッドに放り投げ笑った。
了
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