こころの栄養となった「必要とされる喜び」

記事
コラム
おはようございます。

管理栄養士の ひとみ です。


昨日に引き続き、
過去の自分と向き合った私物語を
書いていきたいと思います。

プロフィールにもかかせて頂きましたが、
私は中学の時に何気なく始めたダイエットから
「摂食障害」になり、
長い間 自己嫌悪 と 苦しみ の中過ごしてきました。

そして、色々なものを失ってきました。


今、自分を振り返ってみると
当時は見えなかったものが見えてきて
解決への糸口が、いくつかわかりました。


そんな今の私に 何ができるのか?

今なお苦しんでいる方へ
何かできる事はないだろうか?

必要として下さる方に
読んで頂けたら幸いです。


苦しんだ 摂食障害 から這い上がります!!



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20代の週末は、ほぼ家にいませんでした。

質素倹約でとにかく地味が好きな母と
ますます折り合いがつかなくなりました。

「摂食障害」
という言葉すら知らない母と私だったので、

「 何でそんな食べるの?」
「あんたはおかしい!」
「 病院へ行きなさい 」
ただただ罵倒されるのが苦痛でした。

そして自分ではどうしようもできない事で、
母が悩んでる姿も
見たくなかったからです。



夜の街が好きでした。
(法を破る、悪い事はしてません)
お酒を飲んで、みんなで陽気になり、
嫌な事も忘れられる。
私が苦しんでいる事を知らない人達と一緒にいるのは、
気が楽でした。

お酒を飲んでは食べ、吐く、、、
その繰り返しの毎日でした。

そして、働いて得たお金も
過食嘔吐の飲食で、ほぼ消えていきました。


何年かこのような生活が続き、
私の荒れた生活を見かねた母が勧めてきた事があります。
それは、ある奉仕活動でした。

初めは嫌々でしたが、
一緒にしていた同じ年代の子の
素直さ
明るさ
純粋さ
清々しさ
芯の強さ
私の夜遊び仲間にはないものを感じました。
やりだしたら、とことんやるタイプの私は
知らず知らずに、
そのグループをまとめる長になってました(笑)
活動しているうちに人々が喜ぶ姿や、
感謝されることに喜びを感じ、
この活動している時だけは
食べることを忘れることができました。

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こんな私でも人の役に立てる
必要としてくれる人がいる
人が喜ぶ姿が見たい
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今まで、人の事など考える余裕すらなかった私が
初めて、
心から人の事をする喜びを知りました。

そして、
「他人から感謝される事」
により、少しずつ心が満たされてきました。



30歳を過ぎた頃には
だいぶんマシになってはいましたが、
それでもストレスや、漠然とした不安のはけ口が
食べる事でした。

そんな私の症状が完全に治った理由は、
「 新しい生命 」でした。



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主人との出会いは、
みんなで飲みに行ったり、
旅行に行ったり、
キャンプに行ったりする社会人サークル仲間でした。
知り合って2年ぐらい経った時に、
長年勤めていた仕事を辞めました。
摂食障害も辞めざるを得なくなった
理由の一つでした。


次の仕事はどうしようかすごく不安な時期に、
主人から私を肯定する言葉を貰いました。

それが、すごく嬉しかったのです。

その後、自然な流れで付き合うようになり、
その1年3ヶ月後に子供ができました。


付き合い始めの時は、
主人が高卒と言う理由だけで母には大反対され、
付き合い続けている事は言わなかったのですが、
なぜか子供ができる3ヶ月ぐらい前に、

「 将来のことをきちんと考えられるのであれば
付き合ってもいいよ 」
と言われました。

その後、
引き寄せられるかのように
長女がお腹の中に来てくれました。


その後、すぐに結婚。
そして私は、
・自分の家族が出来たという
『 安心感、安らぎ 』

・自分の子供が出来たという
『 責任感 』

により、
長年苦しんだ摂食障害から
完全に離れる事ができました。


人に感謝される事もそうですが、
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自分は必要とされている
==============

という事を自分の中に落とし込めた瞬間
すべてが満たされました。


そして、
すべてが順風満帆にいくと思っていた結婚生活。
この後、私の人生で1番の悲しみが訪れます。


今日も長い文章を読んで頂き、
ありがとうございます。

ついに時間最終話!!

悲しみの中から気づかされたことがありました。




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