私は、月欠損論が嫌いでした。
初めてマドモアゼル・愛先生の「月欠損論」を知ったとき、私はかなり傷つきました。
射手座の月が求める「理解すること」「意味を知ること」は欠損で、そこをどれだけ追いかけても本当の意味では満たされない。
そんな話を知って
『いやいやいや。私、めちゃくちゃ理解したい人間なんですけど』
と思った。笑
むしろそこを否定されたら「私の何が残るんだろう」とすら思いました。
だって私はずっと、
もっと知りたい。
ちゃんと理解したい。
本質までわかりたい。
「これで合ってる」と納得したい。
と思って生きてきたから。
それを突然、
「そこ、あなたにはないですよ」
みたいに言われた気がしたら、そりゃ腹も立ちます。笑
でも、月欠損論を知ってから何年も、自分の射手座の月を観察してきて、今は少し違う見方をしています。
理解できない自分がダメだったんじゃない。
私はただ「ちゃんと理解できる自分になろう」と、そこを必死に追いかけていたんだ。
そんなふうに思っています。
月欠損論って、なんなの?
月欠損論は、マドモアゼル・愛先生が提唱している占星術の考え方です。
一般的な占星術では、月は、
などとして読まれることが多くあります。
だから、
「月星座を満たしましょう」
「月の欲求を大切にしましょう」
という読み方もあります。
一方で月欠損論では、
月が示すものは、自分では「ある」と思いやすいけれど、実際には「ない」もの
として考えます。
この考え方には、もちろん賛否があります。
だから私は「月欠損論こそが唯一正しい占星術です」と言いたいわけではありません。
星よみに、ひとつの絶対的な正解があるとも思っていません。
それでも私が、この考え方を使い続けているのには理由があります。
それでも、私が月欠損論を使う理由
それは、
自分では「これが私だ」と思って必死になっていたことから、少し離れて自分を見ることができたから。
私はずっと、
「もっと理解しなきゃ」
「ちゃんとわかっている人にならなきゃ」
「まだ何か足りない」
と思っていました。
学んでも、調べても、誰かの話を聞いても、
そのときは「わかった!」となる。
でもしばらくすると、
「……本当にこれで合ってる?」
が始まる。
また調べる。
また学ぶ。
また答えを探す。
ずっとそれを繰り返していました。
そんなとき、
「これ、月射手座がまた『ちゃんと理解できる私』になろうとしてるだけかもしれない」
と思えた。
すると初めて、
「あ、別に今わからなくてもいいのか。」
という選択肢が生まれたんです。
私にとって月欠損論は「本当のあなたはこうです」と教えてくれた理論ではありませんでした。
むしろ、
「それ、本当にあんた?そこまで必死に守らなくてもよくない?」
と、自分だと思い込んでいたものから、一歩離れさせてくれた理論でした。
だから私は、今もこの考え方を使っています。
私が考える「月の欠損」とは
私が考える月の欠損とは、
その星座の性質を持っていないことでも、その性質を使えないことでもない。その性質を追いかけても、自分が求める形では満たされきらず、なかなか「もう十分」とは思えないこと。
ここは、とても大事です。
「月の欠損」と聞くと、
その星座の性質が、自分にはない。だから、できない。
そんなふうに聞こえるかもしれません。
でも私は今、そういう意味では捉えていません。
月牡牛座だから、お金や物を持てないわけじゃない。
月山羊座だから、仕事ができないわけじゃない。
月獅子座だから、人前で輝けないわけじゃない。
むしろ月の性質だからこそ、そこに人一倍こだわり、頑張ってきた人もいるのだと思います。
だから、
それでも、自分の中ではなぜか「もう十分」とは思えない。
月牡牛座なら、持っていても「もう少しあれば」と思う。
月山羊座なら、ひとつの役目を果たしても「次も私がやらなきゃ」となる。
月獅子座なら、認めてもらっても、また次の反応が気になる。
できていないわけではない。
持っていないわけでもない。
それなのに、自分の中では、なかなか「できた」「手に入った」ということにならない。
だから、
「まだ足りない」
「もう少し頑張れば」
「次こそは」
と、また同じところへ向かっていく。
そして追いかければ追いかけるほど、すでにできていることよりも、まだ足りないもののほうが目につくようになる。
これが、月の欠損の苦しさなのではないかと私は思っています。
だから月の性質を使ってはいけない、ということでもありません。
持ちたいなら、持っていていい。
頑張りたいなら、頑張っていい。
認められたら、素直に喜んでいい。
ただ、
「これ、いつまで追いかけるんだろう?」
「もう十分やっているのに、どうしてまだ足りないんだろう?」
と思ったとき。
もしかしたら、また月が「次こそは」と、同じものを握りにいっているのかもしれません。
そこに気づけるだけでも、今まで当たり前のように追いかけていたものから、少し離れて自分を見ることができます。
そして、ここで間違えたくないのは、
だから月が悪い、という話ではない。
ということです。

月は、悪者じゃない。
月の性質を追いかけても、なかなか満たされきらない。
だからといって、月を嫌いになる必要はないと思っています。
「月が悪い」
「月を捨てなきゃ」
「月っぽい自分は偽物」
そんなふうに考え始めたら、今度はそれが新しい苦しさになるから。
今まで月の性質を追いかけてきたことも、間違いだったわけではありません。
そのやり方で、なんとかしようとしてきた。
それがあればうまくやれるような気がして、何度もそこへ向かってきた。
だって月にとっては、それが「こっちへ行けば大丈夫」と信じてきた、いちばん慣れた道だったのだと思うから。
だから私は、そんな月を「迷子の幼馴染」みたいなものだと思っています。
小さい頃からずっと一緒にいる。
本人は本人なりに「こっちなら安心できるよ!」と思って手を引いてくる。
でも、なぜか毎回、同じところで迷子になる。笑
だから「お前のせいで人生めちゃくちゃなんだよ!」って追い出す必要はない。
ただ、
「あ、またそっち行こうとしてるな。」
と気づけるようになればいい。
それだけで、少し距離ができます。
「どうでもいい」は、諦めじゃない。
そこで私がよく使っているのが「どうでもいい」という言葉です。
これだけ見ると、かなり投げやりですよね。笑
でも私にとっての「どうでもいい」は、諦めることでも、何も考えないことでも、人生を投げることでもありません。
自分と問題の間に、少し距離をつくるための言葉。
「またうまくいかなかった」
「なんで私はいつもこうなんだろう」
「もっとちゃんとしなきゃ」
そんなふうに、悩みの中にどっぷり入っているとき。
人は、自分が悩みの中にいることすら見えなくなります。
でも、
「あー、また月の罠に引っかかってんな。どうでもいい。」
と言えた瞬間。
ほんの少しだけ、その悩みを「外」から見ている自分が生まれる。
私は、その「余白」がすごく大事だと思っています。
投げやりじゃない。諦めじゃない。自分と問題の間に、ひと呼吸ぶんの距離を置くこと。
その余白があるから「じゃあ、いつもと違うことをしてみようかな」ができるようになります。
月光反転という考え方
月欠損論では、月星座の反対側にある星座の性質を使うことを『月光反転』と呼びます。
たとえば、
牡羊座の反対は天秤座。
牡牛座の反対は蠍座。
双子座の反対は射手座。
というように、12星座にはそれぞれ、向かい側にいる星座があります。
ただし私は「月星座をやめて、反対星座の人になりましょう」ということだとは思っていません。
そうじゃなくて、
月に力が入りすぎたとき、反対側の世界を借りてみる。
くらいでいいと思ってます。
月牡羊座が「私って何者なんだろう」と必死に自分を掴もうとしていたら、天秤座のように、人との関係の中で自分を見てみる。
月乙女座が「もっとちゃんとしなきゃ」と自分を採点し続けていたら、魚座のように「今日はできなかった。それで終わり」にしてみる。
月光反転は、月を消すための方法ではありません。
月に握られていた手を、一度ゆるめるための別ルート。
私はそんなふうに考えています。
ちなみに、私の月は射手座です。
月射手座の私は、ずっと「ちゃんと理解したい」という気持ちが強くありました。
占星術だって「この星はこういう意味です」だけでは足りない。
「なんで?」
「それってどういうこと?」
「結局、本質は何?」
ってなる。笑
そして私は、どこかに、私を完全に納得させてくれる答えがあると思っていたんだと思います。
本を読む。
調べる。
人に聞く。
ときには課金する。笑
そのたびに「なるほど!」となる。
そしてまた「本当にこれで合ってる?」がやってくる。
でも、反対側にある双子座の世界から自分を眺めるようになって、少しずつ問いかけることが変わっていきました。
「どこかに正しい答えがあるんじゃないか」ではなく、
「今、私はどう感じている?」
「今、これは楽しい?」
「今、本当に知りたい?」
と、遠くに向かっていた意識を、今の自分へ戻してみる。
すると、今わからないことも、そこまで深刻なことではないように思えてきました。
今はわからなくても、そのうちわかるときが来るかもしれない。
必要になったら、またそのとき考えればいい。
そう思えるようになって、私はようやく、
別に、全部理解しなくてよくない?
と思っています。笑
月射手座本人が、何年もかけて月射手座を理解しようとした結果、
「別に理解しきらなくていい」
に辿り着く。笑
人生はギャグです。🦧
でも私は、そのくらいがちょうどいいと思っています。
月は、自分を責める材料じゃなくていい。
この記事を読んで「あ、私めっちゃ月やってる……」と思うところが出てくるかもしれません。でも、
「だから私はダメなんだ」にはしないでほしい。
月の罠にはまっている自分は、才能がないわけでも、弱いわけでも、間違っているわけでもありません。
ただ、そのやり方で、なんとかしようとしていただけ。
そして、うまくいかなかったら、また気づけばいい。
「どんまい。また月やってたわ。」
くらいでいい。笑
月を完璧に攻略しなくていい。
もう二度と罠にはまらない人にならなくていい。
何回入ったって、何回でも出てくればいい。
そのたびに、少しずつ
「これがなくても大丈夫だった」
「これができなくても生きてた」
という経験が増えていく。
私は、その積み重ねのほうがずっと大事だと思っています。
☪️自分の月星座を調べるには
この記事では、12星座それぞれの「月」を読み解いていきます。まずは、ご自身の月星座を確認してみてください。
月は約2日半でひとつの星座を移動するため、出生時間によって月星座が変わることがあります。出生時間は、母子手帳などを確認してください。
もし月星座が2つの候補になった場合は、無理に「こっち!」と決めなくても大丈夫。
両方読んで「私はどっちを必死に握ってるんだろう?」くらいの気持ちで眺めてみてください。
あなたの月は、何を握っていますか?
ここまで読んで「じゃあ、私の月は何を必死に追いかけているんだろう?」と思った方へ。
ここから先では、12星座それぞれについて、
・何を求めやすいのか。
・それがどうして苦しさに変わるのか。
・反対側の星座をどう使うと、少し力が抜けるのか。
私なりの言葉で、ひとつずつ書いています。
たとえば、
月牡羊座なら「私って何者?」を、一人で完成させなくていい。
月牡牛座なら「持っているから大丈夫」を、少し手放してみる。
もしかしたらあなたにも、「これができる自分にならなきゃ」と、ずっと追いかけてきたものがあるかもしれません。
でも、それを
取り上げなくていい。
否定もしなくていい。
ただ、
「それ、もうそこまで必死に追いかけなくてもいいのかもしれないよ。」
と、一度だけ月の手をゆるめてみる。
あなたがずっと、
「これが私だから」
「これができる私でいなきゃ」
「こうじゃなきゃ私はダメだから」
と、握ってきたもの。
もしかしたらその中に、ずっと安心したくて握りしめてきた「月」がいるのかもしれません。
ここからは、その手を無理やり開くのではなく「何をそんなに大事に握ってたんだろう?」と、一緒に覗いていきましょう。
あなたの月は、何を握っていますか?
私は、月欠損論が嫌いでした。
初めてマドモアゼル・愛先生の「月欠損論」を知ったとき、私はかなり傷つきました。
そんな話を知って
『いやいやいや。私、めちゃくちゃ理解したい人間なんですけど』
と思った。笑
むしろそこを否定されたら「私の何が残るんだろう」とすら思いました。
だって私はずっと、
もっと知りたい。
ちゃんと理解したい。
本質までわかりたい。
「これで合ってる」と納得したい。
と思って生きてきたから。
それを突然、
みたいに言われた気がしたら、そりゃ腹も立ちます。笑
でも、月欠損論を知ってから何年も、自分の射手座の月を観察してきて、今は少し違う見方をしています。
そんなふうに思っています。
月欠損論って、なんなの?
月欠損論は、マドモアゼル・愛先生が提唱している占星術の考え方です。
一般的な占星術では、月は、
素の自分
感情
安心する場所
無意識
幼少期
などとして読まれることが多くあります。
だから、
「月星座を満たしましょう」
「月の欲求を大切にしましょう」
という読み方もあります。
一方で月欠損論では、
として考えます。
この考え方には、もちろん賛否があります。
だから私は「月欠損論こそが唯一正しい占星術です」と言いたいわけではありません。
星よみに、ひとつの絶対的な正解があるとも思っていません。
それでも私が、この考え方を使い続けているのには理由があります。
それでも、私が月欠損論を使う理由
それは、
私はずっと、
「もっと理解しなきゃ」
「ちゃんとわかっている人にならなきゃ」
「まだ何か足りない」
と思っていました。
学んでも、調べても、誰かの話を聞いても、
そのときは「わかった!」となる。
でもしばらくすると、
が始まる。
また調べる。
また学ぶ。
また答えを探す。
ずっとそれを繰り返していました。
そんなとき、
と思えた。
すると初めて、
という選択肢が生まれたんです。
私にとって月欠損論は「本当のあなたはこうです」と教えてくれた理論ではありませんでした。
むしろ、
と、自分だと思い込んでいたものから、一歩離れさせてくれた理論でした。
だから私は、今もこの考え方を使っています。
私が考える「月の欠損」とは
私が考える月の欠損とは、
ここは、とても大事です。
「月の欠損」と聞くと、
そんなふうに聞こえるかもしれません。
でも私は今、そういう意味では捉えていません。
月牡牛座だから、お金や物を持てないわけじゃない。
月山羊座だから、仕事ができないわけじゃない。
月獅子座だから、人前で輝けないわけじゃない。
むしろ月の性質だからこそ、そこに人一倍こだわり、頑張ってきた人もいるのだと思います。
だから、
実際にできることもある。
欲しかったものが手に入ることもある。
人から見れば「十分できてるじゃん」と思われることだってある。
月牡牛座なら、持っていても「もう少しあれば」と思う。
月山羊座なら、ひとつの役目を果たしても「次も私がやらなきゃ」となる。
月獅子座なら、認めてもらっても、また次の反応が気になる。
できていないわけではない。
持っていないわけでもない。
それなのに、自分の中では、なかなか「できた」「手に入った」ということにならない。
だから、
と、また同じところへ向かっていく。
そして追いかければ追いかけるほど、すでにできていることよりも、まだ足りないもののほうが目につくようになる。
これが、月の欠損の苦しさなのではないかと私は思っています。
だから月の性質を使ってはいけない、ということでもありません。
持ちたいなら、持っていていい。
頑張りたいなら、頑張っていい。
認められたら、素直に喜んでいい。
ただ、
と思ったとき。
もしかしたら、また月が「次こそは」と、同じものを握りにいっているのかもしれません。
そこに気づけるだけでも、今まで当たり前のように追いかけていたものから、少し離れて自分を見ることができます。
そして、ここで間違えたくないのは、
ということです。
月は、悪者じゃない。
月の性質を追いかけても、なかなか満たされきらない。
だからといって、月を嫌いになる必要はないと思っています。
そんなふうに考え始めたら、今度はそれが新しい苦しさになるから。
今まで月の性質を追いかけてきたことも、間違いだったわけではありません。
そのやり方で、なんとかしようとしてきた。
それがあればうまくやれるような気がして、何度もそこへ向かってきた。
だから私は、そんな月を「迷子の幼馴染」みたいなものだと思っています。
小さい頃からずっと一緒にいる。
本人は本人なりに「こっちなら安心できるよ!」と思って手を引いてくる。
でも、なぜか毎回、同じところで迷子になる。笑
だから「お前のせいで人生めちゃくちゃなんだよ!」って追い出す必要はない。
ただ、
と気づけるようになればいい。
それだけで、少し距離ができます。
「どうでもいい」は、諦めじゃない。
そこで私がよく使っているのが「どうでもいい」という言葉です。
これだけ見ると、かなり投げやりですよね。笑
でも私にとっての「どうでもいい」は、諦めることでも、何も考えないことでも、人生を投げることでもありません。
「またうまくいかなかった」
「なんで私はいつもこうなんだろう」
「もっとちゃんとしなきゃ」
そんなふうに、悩みの中にどっぷり入っているとき。
人は、自分が悩みの中にいることすら見えなくなります。
でも、
と言えた瞬間。
ほんの少しだけ、その悩みを「外」から見ている自分が生まれる。
私は、その「余白」がすごく大事だと思っています。
その余白があるから「じゃあ、いつもと違うことをしてみようかな」ができるようになります。
月光反転という考え方
月欠損論では、月星座の反対側にある星座の性質を使うことを『月光反転』と呼びます。
たとえば、
牡羊座の反対は天秤座。
牡牛座の反対は蠍座。
双子座の反対は射手座。
というように、12星座にはそれぞれ、向かい側にいる星座があります。
ただし私は「月星座をやめて、反対星座の人になりましょう」ということだとは思っていません。
そうじゃなくて、
くらいでいいと思ってます。
月牡羊座が「私って何者なんだろう」と必死に自分を掴もうとしていたら、天秤座のように、人との関係の中で自分を見てみる。
月乙女座が「もっとちゃんとしなきゃ」と自分を採点し続けていたら、魚座のように「今日はできなかった。それで終わり」にしてみる。
月光反転は、月を消すための方法ではありません。
私はそんなふうに考えています。
ちなみに、私の月は射手座です。
月射手座の私は、ずっと「ちゃんと理解したい」という気持ちが強くありました。
何かを学ぶなら、できれば根っこから知りたい。
誰かの理論を知ったら、その人がなぜそう考えたのかまで知りたい。
占星術だって「この星はこういう意味です」だけでは足りない。
「なんで?」
「それってどういうこと?」
「結局、本質は何?」
ってなる。笑
そして私は、どこかに、私を完全に納得させてくれる答えがあると思っていたんだと思います。
本を読む。
調べる。
人に聞く。
ときには課金する。笑
そのたびに「なるほど!」となる。
そしてまた「本当にこれで合ってる?」がやってくる。
でも、反対側にある双子座の世界から自分を眺めるようになって、少しずつ問いかけることが変わっていきました。
「どこかに正しい答えがあるんじゃないか」ではなく、
と、遠くに向かっていた意識を、今の自分へ戻してみる。
すると、今わからないことも、そこまで深刻なことではないように思えてきました。
そう思えるようになって、私はようやく、
と思っています。笑
月射手座本人が、何年もかけて月射手座を理解しようとした結果、
に辿り着く。笑
人生はギャグです。🦧
でも私は、そのくらいがちょうどいいと思っています。
月は、自分を責める材料じゃなくていい。
この記事を読んで「あ、私めっちゃ月やってる……」と思うところが出てくるかもしれません。でも、
「だから私はダメなんだ」にはしないでほしい。
月の罠にはまっている自分は、才能がないわけでも、弱いわけでも、間違っているわけでもありません。
そして、うまくいかなかったら、また気づけばいい。
くらいでいい。笑
月を完璧に攻略しなくていい。
もう二度と罠にはまらない人にならなくていい。
何回入ったって、何回でも出てくればいい。
そのたびに、少しずつ
という経験が増えていく。
私は、その積み重ねのほうがずっと大事だと思っています。
☪️自分の月星座を調べるには
この記事では、12星座それぞれの「月」を読み解いていきます。まずは、ご自身の月星座を確認してみてください。
月は約2日半でひとつの星座を移動するため、出生時間によって月星座が変わることがあります。出生時間は、母子手帳などを確認してください。
もし月星座が2つの候補になった場合は、無理に「こっち!」と決めなくても大丈夫。
両方読んで「私はどっちを必死に握ってるんだろう?」くらいの気持ちで眺めてみてください。
あなたの月は、何を握っていますか?
ここまで読んで「じゃあ、私の月は何を必死に追いかけているんだろう?」と思った方へ。
ここから先では、12星座それぞれについて、
私なりの言葉で、ひとつずつ書いています。
たとえば、
月牡羊座なら「私って何者?」を、一人で完成させなくていい。
月牡牛座なら「持っているから大丈夫」を、少し手放してみる。
もしかしたらあなたにも、「これができる自分にならなきゃ」と、ずっと追いかけてきたものがあるかもしれません。
でも、それを
取り上げなくていい。
否定もしなくていい。
ただ、
と、一度だけ月の手をゆるめてみる。
あなたがずっと、
と、握ってきたもの。
もしかしたらその中に、ずっと安心したくて握りしめてきた「月」がいるのかもしれません。
ここからは、その手を無理やり開くのではなく「何をそんなに大事に握ってたんだろう?」と、一緒に覗いていきましょう。
あなたの月は、何を握っていますか?