プロローグ|人間関係をちゃんとしようとすることに、疲れてきた
私はずっと、人間関係に疲れてきた。
というより、
人間関係を「ちゃんとしよう」とすることに、疲れてきた。
誰かとの間に違和感が生まれるたび、最後はいつも自分へ矢印が向いた。
「私がダメだからだ。」
「もっと頑張らなくちゃいけない。」
外からは、人付き合いが得意そうに見えていたらしい。
初対面の人とも話せるし、場の空気もそれなりに読める。
誰かが輪に入れていなければ声をかけるし、相手が求めていそうな反応も、なんとなくわかる。
でも、それは自然にできていたわけじゃない。
そう見えるように、必死で「やっていた」だけだった。
私の頭の中では、いつも見えないアンテナがフル稼働していた。
「今、あの人どう思った?」
「顔、ちょっと曇らなかった?」
「もしかして私、なんかやった?」
人に会って楽しく過ごしたはずなのに、家に帰るとグッタリ。
別にケンカしたわけでもない。
大失敗したわけでもない。
ただ人と一緒にいただけなのに、なぜか一仕事終えたくらい疲れてる。笑
「もう、ひとりでいいや」と離れれば、めちゃくちゃ楽になる。
でも、しばらくすると今度は、
「このまま離れていたら、居場所がなくなるよ。」
みたいな不安が、どこからともなく湧いてくる。
だから、また人の中へ戻る。
そして再び、感じがよくて、周りをちゃんと見られる私をやる。
で、また疲れる。
合わせても苦しい。離れても怖い。
なんなん、この反復横跳び。笑
それでも当時の私は、この苦しさの正体がわからなかった。
ただ、
「私には、人と自然に関わるための何かが足りない。」
と思っていた。
もっと大人になればいい。
もっと相手を理解できればいい。
もっと感じよく振る舞えるようになればいい。
そうすれば、いつかは何も考えずに人と笑い合えるようになる。
ずっと、そう信じてた。
そんな私が、自分の人間関係を違う角度から見られるようになったきっかけが、OK!soraさんのリリス論との出会いだった。
リリスは、心の奥に隠してきた欲求や恐れ、触れられたくない痛み、自分でも認めたくない衝動などを象徴すると言われる感受点。
私はリリスのことを、
人生の中で「もう無理!」となるのに、なぜか無視できず、何度も同じ場所へ引き戻してくるもの。
そんなふうに感じている。
もうわかったと思っても、また来る。
逃げても、別の入り口から入ってくる。
できれば見たくないところを、何度もしつこく目の前に出してくる。
リリス、ホラー映画のラスボス並みにしつこい。笑
私の場合、その「もう無理!」が何度も起きていた場所が、人との関係だった。
人に合わせて自分を失う。
苦しくなって離れる。
離れたら今度は、ひとりになるのが怖くなって戻る。
そして最後には、「うまくできない私が悪い。」と自分を責める。
ずっと、この繰り返しだった。
でも、OK!soraさんのリリス論に出会ったとき、私は初めて思った。
「もしかして、全部を自分の努力不足にしなくてもよかったんじゃない?」
その瞬間、ものすごく安心した。
……というより、先に湧いてきたのは怒りだった。
もう十分やった。
これ以上、何を頑張れっていうんだ。
そして私は、これまで必死に守ろうとしてきた「人間関係の正解」に、腹の底から言いたくなった。
人間関係なんてクソ喰らえ!!!
もちろん、そんなことを思うのは怖かった。
「人間関係なんてクソ喰らえ」と言ったら、大好きな家族や友達、これまで支えてくれた人たちまで、全部否定することになる気がしたから。
「人とのつながりは大切でしょ。」
「そんなことを言ったら、本当にひとりになるよ。」
「もう少し、ちゃんと考えたほうがいいんじゃない?」
そんな声も、すぐに聞こえてきた。
いや、わかってる。
人とのつながりが大切なことくらい、私だって知ってる。
相手を思いやることが大切なのも、そんなことは百も承知なんですよ。笑
でも私は、その「正しさ」を守ろうとして、自分が消えかけるところまで来ていた。
だから一度、
「もう知らん。どうでもいい。」
と、必死に支えてきた天秤から手を離した。
一回ぜんぶ、盛大に放り投げた。笑
でも、当然それですべて解決したわけではなかった。
手を離したら、自由になりました。
めでたし、めでたし。
……とは、ならなかった。笑
むしろ天秤から手を離した先には、私がずっと見ないようにしてきたものが、ちゃんと待っていた。
そして、少し離れた場所からもう一度天秤を見たとき、私はそれまでとは違う疑問を持つようになった。
「私を苦しめていたのは、本当に天秤そのものだった?」
「私は、なぜあんなに必死でバランスを取ろうとしていた?」
「そもそも、あの天秤には何が乗っていた?」
そんなことを考えながら、私は一度放り投げた天秤を、少しずつ自分の手に取り戻していった。
ここから書くのは、その過程で私が見つけた、私自身の天秤座リリスの物語です。
だから、天秤座リリスの一般的な性格を並べた解説書ではありません。
「天秤座リリスなら、全員こうなる。」
という話でもない。
同じ天秤座リリスでも、そのリリスがどのハウスにあるのか。
月やキロン、そのほかの星とどんな関係を結んでいるのか。
そして、その人がどんな環境で育ち、何を経験してきたのか。
それによって、リリスの現れ方は変わります。
だから、この物語がそのまま、すべての天秤座リリスの人に当てはまるとは思っていません。
それでも、もしあなたが、
周りからは人付き合いが得意そうに見られるのに、実際はいつも疲れている
相手の表情や言葉を、あとから何度も思い返してしまう
本音を言うと、嫌われるような気がする
人といると苦しいのに、離れると居場所を失いそうで怖い
誰かとの関係がうまくいかないと、最後は自分を責めてしまう
「私は何を大切にしたいのか」が、わからなくなっている
そんな感覚を抱えているのなら。
この物語のどこかに、あなたがこれまで言葉にできなかった気持ちが、隠れているかもしれません。
これは、人間関係をすべて捨てるための話ではない。
誰かを大切にしない人になるための話でもない。
誰かを大切にするために、自分を置いていかなくていい。
そこに気づくまでの話です。
ここから、長い間「人とうまく関われているように見える私」を演じてきた、その裏側を辿っていきます。
プロローグ|人間関係をちゃんとしようとすることに、疲れてきた
私はずっと、人間関係に疲れてきた。
というより、
人間関係を「ちゃんとしよう」とすることに、疲れてきた。
相手はどう思っているんだろう。
あの言い方でよかったかな。
もう少し私が理解できれば、この関係はうまくいくんじゃないか。
誰かとの間に違和感が生まれるたび、最後はいつも自分へ矢印が向いた。
外からは、人付き合いが得意そうに見えていたらしい。
初対面の人とも話せるし、場の空気もそれなりに読める。
誰かが輪に入れていなければ声をかけるし、相手が求めていそうな反応も、なんとなくわかる。
でも、それは自然にできていたわけじゃない。
そう見えるように、必死で「やっていた」だけだった。
私の頭の中では、いつも見えないアンテナがフル稼働していた。
人に会って楽しく過ごしたはずなのに、家に帰るとグッタリ。
別にケンカしたわけでもない。
大失敗したわけでもない。
ただ人と一緒にいただけなのに、なぜか一仕事終えたくらい疲れてる。笑
「もう、ひとりでいいや」と離れれば、めちゃくちゃ楽になる。
でも、しばらくすると今度は、
みたいな不安が、どこからともなく湧いてくる。
だから、また人の中へ戻る。
そして再び、感じがよくて、周りをちゃんと見られる私をやる。
で、また疲れる。
合わせても苦しい。離れても怖い。
なんなん、この反復横跳び。笑
それでも当時の私は、この苦しさの正体がわからなかった。
ただ、
と思っていた。
もっと大人になればいい。
もっと相手を理解できればいい。
もっと感じよく振る舞えるようになればいい。
そうすれば、いつかは何も考えずに人と笑い合えるようになる。
ずっと、そう信じてた。
そんな私が、自分の人間関係を違う角度から見られるようになったきっかけが、OK!soraさんのリリス論との出会いだった。
リリスは、心の奥に隠してきた欲求や恐れ、触れられたくない痛み、自分でも認めたくない衝動などを象徴すると言われる感受点。
私はリリスのことを、
そんなふうに感じている。
もうわかったと思っても、また来る。
逃げても、別の入り口から入ってくる。
できれば見たくないところを、何度もしつこく目の前に出してくる。
リリス、ホラー映画のラスボス並みにしつこい。笑
私の場合、その「もう無理!」が何度も起きていた場所が、人との関係だった。
人に合わせて自分を失う。
苦しくなって離れる。
離れたら今度は、ひとりになるのが怖くなって戻る。
そして最後には、「うまくできない私が悪い。」と自分を責める。
ずっと、この繰り返しだった。
でも、OK!soraさんのリリス論に出会ったとき、私は初めて思った。
その瞬間、ものすごく安心した。
……というより、先に湧いてきたのは怒りだった。
私は今まで、何をあんなに頑張ってたんだろう。
なんで誰かの機嫌まで、私が背負わなきゃいけないんだろう。
なんで関係がうまくいかなかったら、全部自分の責任みたいに反省しなきゃいけないんだろう。
もう十分やった。
これ以上、何を頑張れっていうんだ。
そして私は、これまで必死に守ろうとしてきた「人間関係の正解」に、腹の底から言いたくなった。
人間関係なんてクソ喰らえ!!!
もちろん、そんなことを思うのは怖かった。
「人間関係なんてクソ喰らえ」と言ったら、大好きな家族や友達、これまで支えてくれた人たちまで、全部否定することになる気がしたから。
そんな声も、すぐに聞こえてきた。
いや、わかってる。
人とのつながりが大切なことくらい、私だって知ってる。
相手を思いやることが大切なのも、そんなことは百も承知なんですよ。笑
でも私は、その「正しさ」を守ろうとして、自分が消えかけるところまで来ていた。
だから一度、
と、必死に支えてきた天秤から手を離した。
全員と分かり合おうとすることも。
終わりかけた関係を、どうにかつなぎ止めようとすることも。
相手がどう思っているのかを、いつまでも考え続けることも。
一回ぜんぶ、盛大に放り投げた。笑
でも、当然それですべて解決したわけではなかった。
手を離したら、自由になりました。
めでたし、めでたし。
……とは、ならなかった。笑
むしろ天秤から手を離した先には、私がずっと見ないようにしてきたものが、ちゃんと待っていた。
そして、少し離れた場所からもう一度天秤を見たとき、私はそれまでとは違う疑問を持つようになった。
そんなことを考えながら、私は一度放り投げた天秤を、少しずつ自分の手に取り戻していった。
ここから書くのは、その過程で私が見つけた、私自身の天秤座リリスの物語です。
だから、天秤座リリスの一般的な性格を並べた解説書ではありません。
という話でもない。
同じ天秤座リリスでも、そのリリスがどのハウスにあるのか。
月やキロン、そのほかの星とどんな関係を結んでいるのか。
そして、その人がどんな環境で育ち、何を経験してきたのか。
それによって、リリスの現れ方は変わります。
だから、この物語がそのまま、すべての天秤座リリスの人に当てはまるとは思っていません。
それでも、もしあなたが、
周りからは人付き合いが得意そうに見られるのに、実際はいつも疲れている
相手の表情や言葉を、あとから何度も思い返してしまう
本音を言うと、嫌われるような気がする
人といると苦しいのに、離れると居場所を失いそうで怖い
誰かとの関係がうまくいかないと、最後は自分を責めてしまう
「私は何を大切にしたいのか」が、わからなくなっている
そんな感覚を抱えているのなら。
この物語のどこかに、あなたがこれまで言葉にできなかった気持ちが、隠れているかもしれません。
これは、人間関係をすべて捨てるための話ではない。
誰かを大切にしない人になるための話でもない。
誰かを大切にするために、自分を置いていかなくていい。
そこに気づくまでの話です。
ここから、長い間「人とうまく関われているように見える私」を演じてきた、その裏側を辿っていきます。