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ななみの記録

2026年08月06日 14:30

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「どっちがいい?」

私は、
向かいに座る彼女に
メニューを見せた。

「どっちでも。」

さっきまで普通に話していたのに、
返ってきた声は短かった。

メニューに落としていた目を、
そっと上げる。

彼女は窓の外を見ていた。

何かあった?

そう聞こうとして、
やめた。


気のせいかもしれない。

私はもう一度、
メニューに目を戻した。

でも、
文字が頭に入ってこない。


さっき、
何を話していたっけ。


私、
何か変なこと言ったかな。


店に入る前は、
普通だった。

席についてからも、
笑っていた。

だとしたら、
そのあとだ。


私は、
さっきまでの会話を
頭の中で巻き戻し始めた。

「これ、おいしそう。」

メニューを指さしてみる。

「そうだね。」

また、
短い返事だった。


もう料理のことなど、
どうでもよくなっていた。


目の前にいる人が、
なぜ笑わなくなったのか。

いつの間にか私は、

その理由を見つけることに
必死になっていた。


注文を終えても、
彼女はほとんど話さなかった。

私は水を一口飲んだ。

何か話さなきゃ。

そう思った。


「そういえば、
この前話してた映画、
もう観た?」

「まだ。」

会話が終わる。


また沈黙が戻ってきた。


私は、
テーブルの上のグラスを
意味もなく触った。

聞いたほうがいいのかな。


でも、

「私、何かした?」

そう聞くのも怖かった。


もし、
「うん」と言われたら。

そう考えた瞬間、
胸の奥がざわついた。



料理が運ばれてきた。

「おいしそう。」

少し明るい声で言ってみる。


彼女は、
「うん」とだけ答えた。

私は笑った。


いつもより、
少し大きく。


楽しい空気に戻したかった。

彼女が笑ってくれたら、
きっと私も安心できる。

そんなことばかり
考えていた。



料理を口に運ぶ。


味は、
よく分からなかった。



しばらくして、
彼女がスマートフォンを見た。

「あ、ごめん。」

そう言って、
小さく息を吐いた。

「朝からちょっと
嫌なことがあって。」



私は、
箸を止めた。


朝から?


その言葉を、
頭の中でもう一度繰り返した。


私と会う前から、


彼女は、
機嫌が悪かった。


私は、
何も言えなかった。


あれだけ必死に、
自分の言葉を探していたのに。


彼女の機嫌が悪かった理由は、
私の中にはなかった。


「大丈夫?」

今度は、
さっきとは違う意味で聞いた。



「うん。
ちょっと仕事でね。」

彼女はそう言って、
ようやく少し笑った。

私も笑った。


でも、
胸の奥には
何かが残った。



さっきまで私は、

彼女が黙るたびに、
自分の言葉を疑っていた。


返事が短くなるたびに、
何か話さなきゃと思った。


笑ってくれなければ、
私まで落ち着かなかった。



彼女はただ、
朝から嫌なことがあった。

それだけだった。


なのに私は、

その理由を
自分の中から探して、

その機嫌まで
自分が直そうとしていた。



料理は、
すっかり冷めていた。

私はもう一度、
一口食べた。


さっきより、
味がした。


そのとき、
ふと思った。

もし彼女が、


「朝から嫌なことがあった」

と言わなかったら。


私はきっと、
家に帰ってからも、

自分が何を言ったのか、
何度も思い返していた。



相手の機嫌が悪い。


ただそれだけのことで、


どうして私は、
こんなにも簡単に



「私のせいかもしれない」

と思ってしまうんだろう。

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