AIに「いい感じに書いて」と頼んでいた時期がありました。
文章は整っていました。
でも、3記事続けてコメントはゼロでした。
ビュー数はそこそこある。
それなのに、誰からも言葉が返ってこない。
あとから読み返すと、どの記事も同じような語り口でした。
仕事の話を書いているはずなのに、学びメモと似ている。
自分の体験を書いたはずなのに、どこか他人事に見える。
そこで気づきました。
AIに文章を書かせる前に、
人間側が決めるべきことを決めていなかったのだと。
先に答えを言います
AIで書くときは、いきなり文章化しないほうがいいです。
私が今やっている順番は、こうです。
考えを全部出す
削る
主張を決める
視点を固定する
AIで文章化する
もちろん、これが唯一の正解だとは思っていません。
あくまで、私が「AIに任せすぎて無難な記事を書いてしまった」経験からたどり着いた順番です。
特に大事なのは、
「何を言うか」だけでなく、
「どんな失敗をした自分として言うのか」まで決めることです。
ここを決めずにAIへ渡すと、文章はすぐに無難になります。
なぜAI文章は“それっぽく”なるのか
AIは文章を整えるのが得意です。
でも、
何を言うか。
何を捨てるか。
どの体験を中心に置くか。
どこまで言い切るか。
こういう判断は、人間側が持っていたほうがいい部分です。
AIに判断まで任せると、文章はだんだん安全な方向に寄っていきます。
無難。
バランス型。
きれいだけど、誰にも刺さらない。
AIは統計的に「最もよく使われる表現」を選びます。
だから、誰でも書けそうな文章になりやすい。
正しいことは書いてある。
でも、その人が書く意味が薄い。
これが、AI文章が“それっぽく”見える大きな理由だと思います。
私が変えたのは、AIに渡す前のメモだった
以前は、いきなりAIにこう頼んでいました。
「AIで文章を書くコツについて記事を書いてください」
すると、AIはきれいにまとめてくれます。
でも、きれいなだけでした。
そこでまず、自分の中にある考えを全部出すようにしました。
たとえば、今回の記事なら最初のメモはこうです。
実際に使ったメモ
AIの文章は同じに見える
楽だけど印象に残らない
自分も似た記事を書いてしまった
3記事連続でコメントがつかなかった
ビュー数はあるのに反応がないのがつらかった
主張を決めずに書くと、無難な文章になる
失敗談がないと、人の気配が消える
AIに任せるほど、自分の判断が必要になる
「何を書くか」より「どの失敗から書くか」が大事
文章化より前の設計で差が出る
この段階では、整理しません。
きれいな言葉にもしません。
まずは、自分の中にある違和感を出し切ります。
次にやるのは、削ること
考えを出したあとに、私は削ります。
ここが一番重要でした。
削るときの基準は、きれいに見えるかどうかではありません。
私は、次の一文に答えられない内容は削るようにしています。
これは、どんな失敗をした自分が書く記事なのか?
この問いに関係ない情報は、いくら正しくても削ります。
たとえば、AI活用の一般論をたくさん入れるより、
「AIに任せたら、自分の記事なのに自分らしくなくなった」
という失敗に絞ったほうが、文章の輪郭ははっきりします。
文章は、足すよりも削るほうが難しいです。
でも、削らないと主張は見えてきません。
主張を一行で決める
メモを削ったあとで、記事の主張を一行で決めます。
今回なら、こうです。
AI文章は、主張がないと全部同じになる。
ここでは曖昧にしないほうがいいです。
「AIは便利だが注意も必要」くらいだと、弱いです。
正しいけれど、記憶に残りません。
読者に残るのは、少し言い切った主張です。
もちろん、強い言葉を使えばいいわけではありません。
大事なのは、自分の体験から出てきた言葉になっているかどうかです。
私の場合は、
「AIに任せたら、自分の記事なのに自分らしくなくなった」
という失敗がありました。
だから、
AI文章は、主張がないと全部同じになる。
という言葉にしました。
視点を固定する
ただ、主張だけでもまだ足りません。
同じ主張でも、誰が言うかで印象は変わります。
たとえば、
AI文章は、主張がないと全部同じになる。
この主張を、
AIを研究している人として書くのか。
noteを始めたばかりの人として書くのか。
AIで記事を書いて失敗した人として書くのか。
それだけで、文章の温度は変わります。
私の場合は、
AIに任せて、無難な記事を書いてしまった人
という視点に固定しました。
すると、単なるノウハウではなく、
自分の経験から出てきた学びとして書きやすくなります。
だから私は、AIとの役割分担をこう決めた
AIに任せすぎると、文章はどんどん無難になります。
そこで私は、
「どこまでを自分が決めて、どこからをAIに任せるか」
を分けるようになりました。
今は、こんなふうに整理しています。
人間が決めること → AIに任せること
主張 → 文章化
視点 → 言い換え
失敗談 → 構成整理
何を削るか → 読みやすく整える
どの温度で語るか → 表現の候補を出す
これは汎用ルールというより、私が失敗したあとに作った作業上の線引きです。
AIは、文章をきれいにできます。
でも、きれいにしすぎると、失敗のざらつきまで消えてしまいます。
読者の記憶に残るのは、正しい一般論よりも、
「自分も同じ失敗をしたことがある」
と思える具体的な違和感です。
だから私は、AIにすべてを任せるのではなく、
自分で決める部分を先に決めてから使うようにしています。
AIに渡したプロンプト
AIに「いい感じに書いて」と頼んでいた時期がありました。
文章は整っていました。
でも、3記事続けてコメントはゼロでした。
ビュー数はそこそこある。
それなのに、誰からも言葉が返ってこない。
あとから読み返すと、どの記事も同じような語り口でした。
仕事の話を書いているはずなのに、学びメモと似ている。
自分の体験を書いたはずなのに、どこか他人事に見える。
そこで気づきました。
AIに文章を書かせる前に、
人間側が決めるべきことを決めていなかったのだと。
先に答えを言います
AIで書くときは、いきなり文章化しないほうがいいです。
私が今やっている順番は、こうです。
考えを全部出す
削る
主張を決める
視点を固定する
AIで文章化する
もちろん、これが唯一の正解だとは思っていません。
あくまで、私が「AIに任せすぎて無難な記事を書いてしまった」経験からたどり着いた順番です。
特に大事なのは、
「何を言うか」だけでなく、
「どんな失敗をした自分として言うのか」まで決めることです。
ここを決めずにAIへ渡すと、文章はすぐに無難になります。
なぜAI文章は“それっぽく”なるのか
AIは文章を整えるのが得意です。
でも、
何を言うか。
何を捨てるか。
どの体験を中心に置くか。
どこまで言い切るか。
こういう判断は、人間側が持っていたほうがいい部分です。
AIに判断まで任せると、文章はだんだん安全な方向に寄っていきます。
無難。
バランス型。
きれいだけど、誰にも刺さらない。
AIは統計的に「最もよく使われる表現」を選びます。
だから、誰でも書けそうな文章になりやすい。
正しいことは書いてある。
でも、その人が書く意味が薄い。
これが、AI文章が“それっぽく”見える大きな理由だと思います。
私が変えたのは、AIに渡す前のメモだった
以前は、いきなりAIにこう頼んでいました。
「AIで文章を書くコツについて記事を書いてください」
すると、AIはきれいにまとめてくれます。
でも、きれいなだけでした。
そこでまず、自分の中にある考えを全部出すようにしました。
たとえば、今回の記事なら最初のメモはこうです。
実際に使ったメモ
AIの文章は同じに見える
楽だけど印象に残らない
自分も似た記事を書いてしまった
3記事連続でコメントがつかなかった
ビュー数はあるのに反応がないのがつらかった
主張を決めずに書くと、無難な文章になる
失敗談がないと、人の気配が消える
AIに任せるほど、自分の判断が必要になる
「何を書くか」より「どの失敗から書くか」が大事
文章化より前の設計で差が出る
この段階では、整理しません。
きれいな言葉にもしません。
まずは、自分の中にある違和感を出し切ります。
次にやるのは、削ること
考えを出したあとに、私は削ります。
ここが一番重要でした。
削るときの基準は、きれいに見えるかどうかではありません。
私は、次の一文に答えられない内容は削るようにしています。
この問いに関係ない情報は、いくら正しくても削ります。
たとえば、AI活用の一般論をたくさん入れるより、
「AIに任せたら、自分の記事なのに自分らしくなくなった」
という失敗に絞ったほうが、文章の輪郭ははっきりします。
文章は、足すよりも削るほうが難しいです。
でも、削らないと主張は見えてきません。
主張を一行で決める
メモを削ったあとで、記事の主張を一行で決めます。
今回なら、こうです。
ここでは曖昧にしないほうがいいです。
「AIは便利だが注意も必要」くらいだと、弱いです。
正しいけれど、記憶に残りません。
読者に残るのは、少し言い切った主張です。
もちろん、強い言葉を使えばいいわけではありません。
大事なのは、自分の体験から出てきた言葉になっているかどうかです。
私の場合は、
「AIに任せたら、自分の記事なのに自分らしくなくなった」
という失敗がありました。
だから、
という言葉にしました。
視点を固定する
ただ、主張だけでもまだ足りません。
同じ主張でも、誰が言うかで印象は変わります。
たとえば、
この主張を、
AIを研究している人として書くのか。
noteを始めたばかりの人として書くのか。
AIで記事を書いて失敗した人として書くのか。
それだけで、文章の温度は変わります。
私の場合は、
という視点に固定しました。
すると、単なるノウハウではなく、
自分の経験から出てきた学びとして書きやすくなります。
だから私は、AIとの役割分担をこう決めた
AIに任せすぎると、文章はどんどん無難になります。
そこで私は、
「どこまでを自分が決めて、どこからをAIに任せるか」
を分けるようになりました。
今は、こんなふうに整理しています。
人間が決めること → AIに任せること
主張 → 文章化
視点 → 言い換え
失敗談 → 構成整理
何を削るか → 読みやすく整える
どの温度で語るか → 表現の候補を出す
これは汎用ルールというより、私が失敗したあとに作った作業上の線引きです。
AIは、文章をきれいにできます。
でも、きれいにしすぎると、失敗のざらつきまで消えてしまいます。
読者の記憶に残るのは、正しい一般論よりも、
「自分も同じ失敗をしたことがある」
と思える具体的な違和感です。
だから私は、AIにすべてを任せるのではなく、
自分で決める部分を先に決めてから使うようにしています。
AIに渡したプロンプト