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「なんか苦しい」の正体は、言葉にできていなかっただけの話
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「なんか苦しい」の正体は、言葉にできていなかっただけの話

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ミカサデザイン

2026年06月23日 10:10

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うまく言葉にできない。

これ、ずっと思っていました。

子どもや身近な人が
悩んでいるとき。

否定しない方がいいとか、
寄り添った方がいいとか、
そういうのは知ってる。

でも実際に目の前で話されると、
つい正論を言ってしまった気がして、

あとから
「あれでよかったのかな」と思う。


そしてこれは、
自分が悩んでいるときも同じでした。

理不尽とか、不公平とか、
納得がいかないことがあっても、

どうしたらいいのか分からなくて、
気持ちがまとまらない。

かつての私は、そういうとき、
自己啓発本を読んでいました。

会社に着いて、
始業前に好きなページを開いて読む。

「よし、今日も頑張ろう」と、
なんとか気持ちをごまかして
1日を過ごす。

でも、環境は変わらない。
状況も変わらない。

ただ、なんとなく
気持ちだけを持ち上げている
感じです。

そんな状態が何年も続いていたとき、
娘のことで、大きく考え方が変わりました。


正しいことを言っていたつもり

娘が小学校4年生くらいの頃、
クラスに少し変わった子がいました。

暴力というほどではないけれど、
乱暴なことをする子です。

突然ヘアゴムを取ってくる
雨の日に傘をぶん回して水を飛ばす
ツッコミといいつつ叩く

そういうことが
毎日のように続いていました。

その子は娘だけではなく、
何人かの子に同じことをしていました。

だから、いじめとも言いにくい。

娘はよく「それが嫌だ」と、
家で話していました。

そのとき私は、
こう返していたんです。

距離を置けばいい
無視すればいい
その子のせいで学校を休むのはもったいない

当時の私は、
それが正しいと思っていました。

画像

社会に出たら
必ず合わない人と出会う。

だから、
社会に出ても困らないように
強い子になってほしいと、
思っていたからです。

娘は「そうだね」と、
納得しているように見えました。

でも、実際は違いました。

学校に言っても
親に言っても
変わらない環境。

娘は、少しずつ、
おかしくなっていきました。

チックが出るようになり、
強迫性障害の症状も出てきました。

明らかに普通ではありませんでした。

病院を探したけれど、
どこも予約がいっぱいで、
診察まで半年かかりました。

漢方で様子を見ていましたが、
なかなか良くならない。

そんな状態が1年ほど続いたとき、
医師から抗うつ薬を提案されました。


そのとき、私はふと思いました。
何か大事なことをやっていない気がする

薬が嫌だという気持ちもありましたが、
それよりも
医者に任せきりになっている感覚です。

そして、やっと気づいたんです。

私は、娘の話をちゃんと聞けていなかった。

「どうすればいいか」ばかり考えて、
「何が起きているのか」を見ていなかった。

それから、娘との向き合い方を変えました。

共感、否定しない、寄り添う
それとは違う

もちろん、
励ましやアドバイスとも違う

話をちゃんと聞いて
整理して返す

それだけです。

最初はうまくいきませんでした。
泣いたり、怒ったり、ぶつかったり。

でも、少しずつ変わっていきました。
娘が落ち着く時間が増えて、
必要以上に苦しくならなくなりました。

そして半年後、
「終診でもいいと思います」
と言われるまで回復しました。

この経験で、分かったことがあります。

人は、
正しいことを言われても整理できない。

でも、
気持ちが整理されると、落ち着く。


娘はずっと「嫌だ」と
言っていました。

だから私は、
ただ “嫌なんだ” と思っていました。

でも、話をちゃんと聞くようになって、
それが違うことが分かりました。

本当は、
悔しかった。

「嫌だった」と
「悔しかった」

似ているようで、全然違います。

「嫌だった」だと
距離を取るとか、避けるとか、
そういう対応になります。

でも、「悔しかった」だと
なんであんなことをされたのか
本当はどうしたかったのか
考える方向が変わります。

もし、あのとき
「悔しかった」という気持ちを
もっと早く言葉にできていたら

できたことは、
違っていたかもしれません。

たらればですが、そう思います。


苦しさは、誰にでも起きる

社会に出ると、
理不尽なことはたくさんありますよね。

多様性とか、働き方改革とか、
いろいろ言われるようになっても、
現実はそこまできれいではありません。

結局、真面目な人ほど
損をしているように見えることもあるし、
納得できないことも普通に起きる。

まわりから見れば、
別に大したことがないようなことでも、
少しずつ積み重なって、
追い詰められていることもあります。

そんなとき、
占いや、電話相談、自己啓発本。

今なら、AIに頼ることも含めて、
それ自体は悪いことではないと思います。

実際、誰かに言葉をもらうことで、
少し楽になることもある。

でも、誰かに相談されたときは違います。

「ちょっとAIに聞いてみるね」とは、
言えない。

大事な人ならなおさら、
自分の言葉で答えてあげたい。

だから思うんです。

何かに頼ることは大事だけど、
自分でもある程度整理できた方がいい。

自分で整理できるようになると、
悩みを何日も引きずらなくなるし、
「何に困っているか」が分かるようになる。

そして何より、
「なんか分からないけど苦しい」
という状態から

「苦しい理由が分かった」
そこから

「じゃあどうするか」
まで考えられるようになります。

特別なことはしていません。

内容そのまま拾って、
順番に並べて、
短く言葉にする。

それだけです。


娘と話していると、
よく分かる瞬間があります。

感情が言葉になっていない
そんなときは、つらそうに見えます。

でも、

私が話を聞いて、
「こんな気持ち?」と、言ったとき。

「そうそう」となる瞬間。

そのとき、
娘の表情が少しだけゆるみます。

問題が解決したわけではないのに、
不思議ですよね。

画像

この「そうそう」という瞬間は
どうやって生まれているのでしょうか。

やっていることは、とてもシンプルです。

悩みは、そのままだと
ごちゃごちゃしています。

出来事と、感情と、考えが、
全部混ざっている状態です。

それを、
少しだけ分けて見る。

それだけで、
「そうそう」が生まれます。

ここまで読むと、

「そうそう」は
人に言われるから生まれるのでは?

と思うかもしれません。

たしかに、それは一部当たっています。

人に言われると、

・合っているか分かる
・認められた感じがする

だから、落ち着きやすい。

でも、
「そうそう」は、
人に言われたから生まれるのではなく、
言葉が合ったときに生まれるものです。


自分で考えるときは
「そうそう」ではなく、
「これだ」という感覚です。

完璧じゃなくていいんです。
少し近い言葉になれば、
それだけで落ち着きます。

例えば、
ダイエットをしているとき。

がんばっていたけど
少し気がゆるんで
数日食べ過ぎてしまいました。

毎日測っていた体重も
絶対に増えていると思うと
怖くて体重計に乗れません。

このときの気持ちは
「太ったかもしれないから怖い」
です。

でも整理すると、

本当に怖いのは、
「太ったこと」ではなく、
「現実を見ること」です。

このように整理できると、
ここで意味が変わります。

心のモヤモヤは
「太ったかもしれない不安」ではなく、
「見ていない状態が不安」なのだと。

少しだけ気持ちが落ち着くことで、
「明日は体重を確認しよう」と
一歩前に進めます。

画像

さて、ここからは、

内容そのまま拾って、
順番に並べて、
短く言葉にする。

これを、私の実体験をベースにして、
どう整理するのかをまとめます。

「なんか嫌」
「なんか不安」
「なんか心配」

そんなときに、
「そう、今こんな気持ちだ」と
少しだけ落ち着くための方法です。


第1章 悩みは大きく分けると3つ

多種多様な悩みに見えても、大きく分けると3つに分類できます。

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