1.あらすじ
毎朝、世界が少しだけ変わっている。
席の位置、ケガの記憶、友人との関係――そして時には、誰かの存在そのものまで。
その違和感に気づいているのは、同じ高校に通う8人だけだった。
調べるうちに彼らは知る。
この世界は、破滅を回避するために“毎晩最適化”されていること。
事故も不幸も減っていく代わりに、人の努力や選択、そして人生さえも静かに修正されていることを。
やがて彼ら自身も、社会にとっての“誤差”として消去対象になり始める。
世界の安定か。
自分たちの自由か。
分裂する仲間たちの中で、観測者として選ばれた一人の少年に、最後の選択が託される。
これは、書き換えられる世界で、
それでも「自分の明日」を選ぼうとした8人の青春群像劇。
第1話 6月12日の終わらない朝
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに見覚えのある角度だった。
スマホを見る。
6月12日(水) 6:31
既視感。
それだけなら、気のせいで済んだかもしれない。
問題は、そのあとだった。
キッチンから母親の声が聞こえる。
「湊、遅刻するわよ」
まったく同じ調子、同じタイミング。
昨日も、同じことを言われた。
階段を降りると、テレビでは朝のニュース。
「本日は全国的に晴れ――」
アナウンサーの言葉が、頭の中で先に再生される。
皿の上のトースト、コーヒーの量、父親の座る位置。
全部、昨日と同じだった。
「……デジャヴか」
そう呟いたが、胸の奥の違和感は消えない。
通学路。
交差点の角で、茶色の猫が飛び出してくる。
昨日も見た。
完全に同じタイミングで。
ここで、確信した。
今日、昨日と同じ日だ。
学校に着く頃には、心臓の鼓動が速くなっていた。
教室のドアを開ける。
「おはよう」
友人の声。
これも昨日と同じ。
席に座ると、前の女子が振り返る。
「宿題やった?」
同じ会話。
同じ言い方。
一時間目、英語。
教師が教壇に立つ。
「Today’s lesson is about conditional sentences」
昨日と同じだ。
ノートを開く。
昨日のページは、白紙のままだった。
昼休みまで、すべてが再現された。
ただ一つだけ、違うことがあった。
屋上のドアを開けたとき。
「やっぱり」
声がした。
振り向く。
一ノ瀬雫が立っていた。
風に揺れる短い黒髪。表情はほとんど動かない。
だが、その目は、明らかにこちらを待っていた。
「あなたも気づいた?」
俺は、ゆっくり頷いた。
「今日、昨日と同じだ」
「うん」
一ノ瀬はポケットからスマホを出す。
メモ画面を見せる。
・6月12日が繰り返されている
・出来事はほぼ同じ
・完全一致ではない
「昨日も書いた」
「昨日?」
「うん。昨日の6月12日」
風が強く吹く。
現実が、静かに歪んでいく感覚。
「ループ、ってことか?」
「たぶん違う」
一ノ瀬は空を見た。
「世界が、毎晩更新されてる」
意味が分からない。
「同じ日だけど、状態が少し変わる」
「どういう意味だ?」
一ノ瀬は少し黙ってから言った。
「人が、減ってる」
心臓が止まりそうになった。
放課後、教室に戻る。
席を見回す。
空席が一つあった。
三列目、窓側。
そこに座っていたのは――花井陽菜。
明るくて、誰とでも話す女子。
「なあ」
前の男子に聞く。
「ここ、誰か座ってなかったか?」
「? 最初から空いてるけど」
血の気が引く。
俺は別の生徒にも聞いた。
誰も覚えていない。
花井陽菜という名前すら、知らない。
スマホの連絡先を開く。
ない。
写真フォルダ。
消えている。
記録ごと、消えていた。
「消えたの」
後ろから、一ノ瀬の声。
「昨日まで存在してた。でも今日、世界から消えた」
「誰も覚えてない」
教室はいつも通りだった。
笑い声。雑談。日常。
この世界にとって、彼女は最初からいなかった。
「なんで……?」
一ノ瀬は静かに言った。
「最適化」
「事故も、失敗も、不都合も」
「全部なかったことにする」
俺は空席を見つめる。
「じゃあ、花井は不都合だったってことか?」
「わからない」
少し間を置いて、一ノ瀬が続けた。
「でも」
「明日、消えるのは」
一ノ瀬の目が、こちらを見た。
「私かもしれない」
夕日が教室を赤く染める。
スマホが震えた。
通知。
差出人不明。
開く。
観測対象:2名
その下に、もう一行。
選別を開始します
俺と一ノ瀬は、顔を見合わせた。
6月12日は、まだ終わっていない。
そして明日も――
終わらない。
1.あらすじ
毎朝、世界が少しだけ変わっている。
席の位置、ケガの記憶、友人との関係――そして時には、誰かの存在そのものまで。
その違和感に気づいているのは、同じ高校に通う8人だけだった。
調べるうちに彼らは知る。
この世界は、破滅を回避するために“毎晩最適化”されていること。
事故も不幸も減っていく代わりに、人の努力や選択、そして人生さえも静かに修正されていることを。
やがて彼ら自身も、社会にとっての“誤差”として消去対象になり始める。
世界の安定か。
自分たちの自由か。
分裂する仲間たちの中で、観測者として選ばれた一人の少年に、最後の選択が託される。
これは、書き換えられる世界で、
それでも「自分の明日」を選ぼうとした8人の青春群像劇。
第1話 6月12日の終わらない朝
目覚ましが鳴る前に、目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに見覚えのある角度だった。
スマホを見る。
6月12日(水) 6:31
既視感。
それだけなら、気のせいで済んだかもしれない。
問題は、そのあとだった。
キッチンから母親の声が聞こえる。
「湊、遅刻するわよ」
まったく同じ調子、同じタイミング。
昨日も、同じことを言われた。
階段を降りると、テレビでは朝のニュース。
「本日は全国的に晴れ――」
アナウンサーの言葉が、頭の中で先に再生される。
皿の上のトースト、コーヒーの量、父親の座る位置。
全部、昨日と同じだった。
「……デジャヴか」
そう呟いたが、胸の奥の違和感は消えない。
通学路。
交差点の角で、茶色の猫が飛び出してくる。
昨日も見た。
完全に同じタイミングで。
ここで、確信した。
今日、昨日と同じ日だ。
学校に着く頃には、心臓の鼓動が速くなっていた。
教室のドアを開ける。
「おはよう」
友人の声。
これも昨日と同じ。
席に座ると、前の女子が振り返る。
「宿題やった?」
同じ会話。
同じ言い方。
一時間目、英語。
教師が教壇に立つ。
「Today’s lesson is about conditional sentences」
昨日と同じだ。
ノートを開く。
昨日のページは、白紙のままだった。
昼休みまで、すべてが再現された。
ただ一つだけ、違うことがあった。
屋上のドアを開けたとき。
「やっぱり」
声がした。
振り向く。
一ノ瀬雫が立っていた。
風に揺れる短い黒髪。表情はほとんど動かない。
だが、その目は、明らかにこちらを待っていた。
「あなたも気づいた?」
俺は、ゆっくり頷いた。
「今日、昨日と同じだ」
「うん」
一ノ瀬はポケットからスマホを出す。
メモ画面を見せる。
・6月12日が繰り返されている
・出来事はほぼ同じ
・完全一致ではない
「昨日も書いた」
「昨日?」
「うん。昨日の6月12日」
風が強く吹く。
現実が、静かに歪んでいく感覚。
「ループ、ってことか?」
「たぶん違う」
一ノ瀬は空を見た。
「世界が、毎晩更新されてる」
意味が分からない。
「同じ日だけど、状態が少し変わる」
「どういう意味だ?」
一ノ瀬は少し黙ってから言った。
「人が、減ってる」
心臓が止まりそうになった。
放課後、教室に戻る。
席を見回す。
空席が一つあった。
三列目、窓側。
そこに座っていたのは――花井陽菜。
明るくて、誰とでも話す女子。
「なあ」
前の男子に聞く。
「ここ、誰か座ってなかったか?」
「? 最初から空いてるけど」
血の気が引く。
俺は別の生徒にも聞いた。
誰も覚えていない。
花井陽菜という名前すら、知らない。
スマホの連絡先を開く。
ない。
写真フォルダ。
消えている。
記録ごと、消えていた。
「消えたの」
後ろから、一ノ瀬の声。
「昨日まで存在してた。でも今日、世界から消えた」
「誰も覚えてない」
教室はいつも通りだった。
笑い声。雑談。日常。
この世界にとって、彼女は最初からいなかった。
「なんで……?」
一ノ瀬は静かに言った。
「最適化」
「事故も、失敗も、不都合も」
「全部なかったことにする」
俺は空席を見つめる。
「じゃあ、花井は不都合だったってことか?」
「わからない」
少し間を置いて、一ノ瀬が続けた。
「でも」
「明日、消えるのは」
一ノ瀬の目が、こちらを見た。
「私かもしれない」
夕日が教室を赤く染める。
スマホが震えた。
通知。
差出人不明。
開く。
観測対象:2名
その下に、もう一行。
選別を開始します
俺と一ノ瀬は、顔を見合わせた。
6月12日は、まだ終わっていない。
そして明日も――
終わらない。