不登校や登校渋りの子どもと過ごしていると、親は「できなかったこと」ばかり数えてしまいます。
学校に行けなかった。
イベントを最後まで楽しめなかった。
プリントもできなかった。
外にも出られなかった。
私もずっと、そんな見方をしていました。
でもある日、私は息子の中にある「生きる力」を見落としていたことに気づきました。
その日は、クリスマスケーキ作りのイベントに参加した日でした。
小6の息子は、途中で帰ることを選びました。
私は最初、それを「またうまくいかなかった日」だと思っていました。
でも息子はそのあと、1時間半かけて、自分の足で家まで帰ってきました。
学校に行けたかどうか。
最後まで参加できたかどうか。
そんな物差しだけでは見えない力が、そこにはありました。
この記事は、登校渋り、思春期、声変わりの不安と向き合う中で、私が息子の「生きる力」を見つけ直した記録です。
すぐに解決する方法は書いていません。
でも、「今日もうまくいかなかった」と自分を責めている親御さんの心が、少しでも軽くなればと思って書きました。
朝から、つまずいた
その日は、息子と一緒にクリスマスケーキ作りのイベントに参加してホールのケーキを仕上げる予定でした。
「料理好きの息子と一緒に参加出来て楽しそうだな。」
「どんなケーキに仕上がるかな。いい思い出になるかな。」
そんなふうに、想像しながら楽しみにしていました。
でも、前日親子で夜更かしをしてしまったこともあり、当日の朝、息子はギリギリまで眠っていて、朝ごはんを食べる時間がありませんでした。
私も余裕がなく、「まあ、あとで何か食べればいいか」と、そのまま出発。
今思えば、この小さなズレが、あとから効いてきたのだと思います。
途中で、帰るという選択
会場に着くころには、息子は不機嫌そうで、気持ちを切り替えられないまま作業が始まりました。
周りは楽しそう。
でも息子の表情は、どんどん固くなっていき、待ち時間にはスマホをいじるようになっていました。
そして結局、クリスマスケーキ作りの
イベントの途中で1人で帰るという選択をしました。
正直、残念な気持ち、というより予想外の展開に驚きでした。

「無理に連れてきてしまったかな」
「私の準備が足りなかった」
「無事に一人で帰れるかな」
さまざまな思いが、頭の中をぐるぐるしました。
このあと有料部分では、
✔ 登校渋りの息子を前に、私が毎朝どんなことで迷い、自分を責めていたのか。
✔ 「学校に行けたか」ではなく、「子どもの生きる力」を見る視点に変わったきっかけ。
✔ 思春期や声変わりが、子どもの心にどんな影響を与えていたのか。
✔ 今もゲームやスマホ、登校渋りに悩みながら、それでも親として少し楽になれた考え方。
を、体験をもとに書いています。
この記事を読んでも、明日からすべてが解決するわけではありません。
でも、「今日も何もできなかった」ではなく、
「この子にも育っている力があるのかもしれない」
そんなふうに、子どもの見方が少し変わるきっかけになればうれしいです。
こんな方に読んでいただきたい記事です。
・登校渋りや不登校の子どもを前に、自分を責めてしまう方。
・ゲームやスマホとの付き合い方に悩んでいる方。
・「学校に行ける・行けない」だけで子どもを見たくないと思っている方。
・子どもの小さな成長を見失いそうになっている方。
不登校や登校渋りの子どもと過ごしていると、親は「できなかったこと」ばかり数えてしまいます。
学校に行けなかった。
イベントを最後まで楽しめなかった。
プリントもできなかった。
外にも出られなかった。
私もずっと、そんな見方をしていました。
でもある日、私は息子の中にある「生きる力」を見落としていたことに気づきました。
その日は、クリスマスケーキ作りのイベントに参加した日でした。
小6の息子は、途中で帰ることを選びました。
私は最初、それを「またうまくいかなかった日」だと思っていました。
でも息子はそのあと、1時間半かけて、自分の足で家まで帰ってきました。
学校に行けたかどうか。
最後まで参加できたかどうか。
そんな物差しだけでは見えない力が、そこにはありました。
この記事は、登校渋り、思春期、声変わりの不安と向き合う中で、私が息子の「生きる力」を見つけ直した記録です。
すぐに解決する方法は書いていません。
でも、「今日もうまくいかなかった」と自分を責めている親御さんの心が、少しでも軽くなればと思って書きました。
朝から、つまずいた
その日は、息子と一緒にクリスマスケーキ作りのイベントに参加してホールのケーキを仕上げる予定でした。
「料理好きの息子と一緒に参加出来て楽しそうだな。」
「どんなケーキに仕上がるかな。いい思い出になるかな。」
そんなふうに、想像しながら楽しみにしていました。
でも、前日親子で夜更かしをしてしまったこともあり、当日の朝、息子はギリギリまで眠っていて、朝ごはんを食べる時間がありませんでした。
私も余裕がなく、「まあ、あとで何か食べればいいか」と、そのまま出発。
今思えば、この小さなズレが、あとから効いてきたのだと思います。
途中で、帰るという選択
会場に着くころには、息子は不機嫌そうで、気持ちを切り替えられないまま作業が始まりました。
周りは楽しそう。
でも息子の表情は、どんどん固くなっていき、待ち時間にはスマホをいじるようになっていました。
そして結局、クリスマスケーキ作りの
イベントの途中で1人で帰るという選択をしました。
正直、残念な気持ち、というより予想外の展開に驚きでした。
「無理に連れてきてしまったかな」
「私の準備が足りなかった」
「無事に一人で帰れるかな」
さまざまな思いが、頭の中をぐるぐるしました。
このあと有料部分では、
✔ 登校渋りの息子を前に、私が毎朝どんなことで迷い、自分を責めていたのか。
✔ 「学校に行けたか」ではなく、「子どもの生きる力」を見る視点に変わったきっかけ。
✔ 思春期や声変わりが、子どもの心にどんな影響を与えていたのか。
✔ 今もゲームやスマホ、登校渋りに悩みながら、それでも親として少し楽になれた考え方。
を、体験をもとに書いています。
この記事を読んでも、明日からすべてが解決するわけではありません。
でも、「今日も何もできなかった」ではなく、
「この子にも育っている力があるのかもしれない」
そんなふうに、子どもの見方が少し変わるきっかけになればうれしいです。
こんな方に読んでいただきたい記事です。
・登校渋りや不登校の子どもを前に、自分を責めてしまう方。
・ゲームやスマホとの付き合い方に悩んでいる方。
・「学校に行ける・行けない」だけで子どもを見たくないと思っている方。
・子どもの小さな成長を見失いそうになっている方。