本当の俺はとっくの昔にどこか遠いところに行ってしまった。
そう思っていた──
「また学年一位司咲くんだって」
「運動もできるんだっーて。怖いよね」
「でも人間味なくね?」
賞賛、憧れ、妬み、陰口、学校に行けば向けられる数々の感情、言葉。でも、それらは、俺に向いているものではない。
真面目。成績優秀。品行方正。これが仮面。
不良。根っからのギャンブル気質。いつも通りの日常をつまらなく思い、非日常な出来事を好む。これが〝多分〟本当の俺。
優等生の仮面を常に被っている。基本、一人のところでのみその仮面は剥がさない。
幼い頃のトラウマが俺をそうさせた。
今日も変わらない学校生活が過ぎ、下校時間。早く帰りたい、その一心で校門を横目に、走る。風を切る音が心地よい。
息が少し上がったタイミングで足を緩める。一息ついたそのとき、ぽつりと俺のほおに雨粒が当たった。雨。リュックから傘を探すが、ない。
探している間にも雨は勢いを増し、ざあざあと大きな音を立て始めた。
まずい。俺は慌てて走り出す。バッグにつけているアクリルキーホルダーが缶バッチとぶつかりカチャン、カチャン、と音を鳴らす。
手を回し、缶バッジに当たっているキーホルダーをどかしつつ、俺は家へと続く道をとにかくがむしゃらに走った。
五分程度走ったところで身体に当たる雨の感覚が無くなった気がする。ゆったりと步を緩め、顔を上げる。すると、目の前に広がったのは俺の全く知らない風景だった。
荒廃したビルが多く立ち並ぶ路地のような殺風景な風景。目の前には古びたビルが三件ほど建っている。息を切らしながら俺はぎゅうっと自分のほっぺをつねった。鈍い痛みが走る。
「夢、じゃないか」
状況を理解すると同時に、素早くポケットに手を入れスマホを確認する。圏外。
スマホをポケットにしまい、再度顔を上げる。俺の目に映るものは変わらず古びたビル。
さて、どうしたものか。何もしなくても変わらないだけだ。とりあえず歩いてみようとビルから視線を外す。
出口を探すためにしばらく歩いていくと、不自然な一軒のビルが目に留まった。他のビルとは違いかなり新しい。おそらく新築だ。
あからさまに怪しい。気をつけつつ、そのビルに歩み寄る。
ビルの前に立つと、圏外のはずのスマホがブーと鳴った。気のせいか。
ポケットに手を突っ込みスマホを引っ張り出す。通知が一件届いている。内容は──
〝目の前のビルに入れ〟
入ってすぐ、小さなテーブルとその上に乗っているクマのぬいぐるみが目に付いた。
触っていいのか。恐る恐る手を伸ばす。
「雷斗。こんにちは!」
急に聞こえた声に、触れかけていた手をびくっと引っ込める。
この時点、いや、ほとんどの人はこのビルにすら入ろうとしないだろう。おそらく叫ぶか逃げている。だが、俺の場合はギャンブル気質なこともあり、好奇心が勝った。
引っ込めた手を再び伸ばし、ぬいぐるみを掴む。顔の前に持ってくると、まじまじと吟味する。
「ジロジロみないで!」
視線に耐え切れなかったのかぬいぐるみが叫んだ。キーンと声が俺の耳を貫通して脳裏に響く。
あまりの大声に表情を歪めている内に、ぬいぐるみは俺の手から消えていた。慌てて周囲を見渡すと、ぬいぐるみは最初の小さなテーブルに座っている。その視線には怒りが滲んでいた。
無言の圧に気付きつつも、もう一度ぬいぐるみに近づく。
「バカなの? 明らかに近付かないでって言ってる」
ぬいぐるみ相手だったからなのか、不思議と仮面は被ろうと思わなかった。
「バカではない。状況を聞けるのはお前しかいないだろう?」
ぬいぐるみの視線がじろりと、値踏みするような視線へ変わる。
「そう。ボクはラキ、雷斗の異世界案内人。異世界案内人は選ばれた転生者、この場合は雷斗を異世界へ案内する係のこと」
なかなかの早口で語られた言葉の現実味のなさに、絶句する。
まぁ、元々この状況も割と現実味はないんだが…。
「つまり、俺は漫画とかでよく見る異世界転生ができるってことか…?」
もしそうだとしたら面白い。俄には信じ難いその考えが本当なのか知りたく、口にする。
「そうだよ」
ラキは淡々と俺の言葉を肯定する。おそらく笑みを浮かべているであろう俺に、ラキはすっと畳まれた、おそらく何か書いてあるだろう紙を5枚差し出してきた。受け取って開く。
小さくカサリ、と音を鳴らして開いた紙にはそれぞれ、〝剣士世界〟〝言霊世界〟〝魔法世界〟〝妖狐世界〟〝悪魔世界〟と文字が綴られている。書かれた文字を一瞥し、視線をあげると、ラキはただニコニコと微笑んでいた。
「選べってことか?」
俺は微笑んでいるラキに質問を投げかける。
「物分かり悪すぎ。雷斗が転生する世界を選んでってこと」
俺にとってあまりにも都合が良すぎる。ここはやはり夢なのでは…。頬を再度つねる。鈍い痛みが走り、ここが現実であることを知らされる。
ここは現実か…。まぁ、ここまでで起きたことを見れば意外に十分あり得る話だ。
いつもの道を通ったのにここに着いたり、ぬいぐるみが喋る、さらには動く、そんな状況になっているだけで理由にはなるだろう。
手に持っている五枚の紙に綴られた文字を読み、熟考する。正直全部行きたい。渋々一つに絞り。
「選べと言うならこいつだ」
言いながら俺は五枚の紙のうち一枚をラキに見せた。
ラキはその紙をじっと見てわかった、と告げると俺にダイヤのスートがあしらわれたチェーンピアスを渡した。
「つけて」
受け取りそっと耳につける。
「つけた? それは雷斗が選んだ世界と現実を行き来するトリガー。そのスートについているボタンを押すかピアスを取り外せば現実に、ピアスをつけると雷斗が選んだ世界に行ける。ちなみにそのピアスは意思表示を心でしないと基本動かないから」
「ふーん」
またまた面白そうなアイテムが出てきた。半信半疑ながらも、好奇心の赴くままに、俺は心にそっと向こうの世界へ、と念じる。小さな光が俺を包んだ。
どれぐらい経ったかわからない頃、意識が覚醒し、ゆっくりと目を開く。開いた俺の視界に映ったのは、ここが現実世界ではないことを示すかのような光景だった。
空を飛んでいる布、歩くポスト、そして、それをごく当たり前のようなこととでも言わんばかりに、普通に過ごしている住人。
「え?」
気づけば俺の口からは自然と戸惑いの声が漏れていた。そう、この景色は俺にとって全てが違和感だった。ぎゅっとほおをつねる。ほおに弱い痛みを少し感じる。ここは夢の中ではない──。
ここまできて、俺の完全に思考停止していた脳がようやくゆっくりと動き出した。
ここはどこだ?本当に転生…?面白いじゃないか。
不安や疑問の後に浮かんだのは、やはり好奇心からなる感情。状況を確認するために立ちあがろうとすると、一人の人影が俺を覆った。
誰だ。そっと顔を上げるとふわり、と誰かの髪の毛が俺の顔に当たる。
そこには俺の親友、「佐野理兎」がいた。理兎はふわふわとした雰囲気の男子。俺の1番の親友だ。
「っ理兎⁉︎」
驚き、思わず大声を出してしまった俺に理兎は視線を向け、立てた人差し指を俺の唇にそっと押し当てる。
「あんまり大声出したら目立つ」
「あ、ああ」
理兎のまさかの行動に俺は少しだけ、そう、ほんとに、うん、少しだけ戸惑った。
「うん。それじゃあ単刀直入に聞くけど雷斗も転生したの?」
「ああ、そうだ。雷斗もってことは理兎もか? そうならこの後何をすればいい?」
状況を把握したいからなのか、未知の地で知り合いに会ったからなのか、俺は息をつく暇さえもないような早口で、理兎を質問責めにする。
「早口すぎ、落ち着いて。そう、僕も転生者。雷斗は異世界案内人に何も言われてないの?」
「異世界案内人…。ああ、ラキのことか」
「雷斗の案内人はラキって名前なんだ。それでなにか言われなかった?」
そっとピアスに触れる。
「特に何も。このピアスの使い方ぐらいしか大して言ってなかった」
「そうなんだ。僕の案内人はこの世界に来たらまず何をすればいいか、転生者が何人か、このブレスレットについて、この世界についてとか全部教えてくれた」
理兎が腕についている、金属製のブレスレットを俺に向ける。
「案内人有能じゃん」
「まぁ、雷斗には僕が教えるよ」
そう言うと理兎はすらすらと情報を語り出した。
・この世界には魔法学園という学園があり転生者はそこへ通うこと。
・この世界に来たらまずはそこへ向かうこと。
・転生者は5人いること。
・転生者は全員特殊な金属で作られたアクセサリーを身につけていること。
・そしてこの世界では転生者はとても大事な存在であること。
「僕は魔法学園を探そうとしばらく歩いていたんだけど雷斗がいれば手間が省ける」
「それってどういう──」
俺が言い切る前に理兎は手につけているブレスレットを俺の耳にあるピアスにカチャリと当てた。
ポウと木漏れ日のような光がピアスとブレスレットから発せられ、俺と理兎を包む。周りの景色が一瞬で真っ白になり見えなくなる。不思議と眩しくはない。
白が引いていき、周りの景色が色付き始める。ようやく周りが認識できるようになっていく。それと同時に、俺の前に広がったのは大きな門。その後ろには高くそびえ立つ、アニメに出てくるような学園があった。
想像の倍は大きい。呆気に取られてぼうっとそこを見つめていると理兎がぽん、とおれの肩を叩く。俺が相変わらずの表情のまま理兎へ少し視線をやると、理兎も似た表情を浮かべている。
2人してしばらく固まっていると、「理兎くーん、雷斗くーん」と門の方からから呼ぶ声が聞こえた。
学園から視線を外し、真正面の門へ視線を向ける。1人の男性が門の前に立っている。
スーツに近しい服を着ており、大体二十代後半程度に見える。あくまで遠目の感想だが。
誰…?おそらく隣の理兎も同じことを思ったのだろう。
俺たちが動かないのをみて男性は腰に手を回し、棒に近しい物を手に取り、それを振った。門の前にいたはずの男性が俺たちの前に現れる。
「理兎くん、雷斗くん、こんにちは。私はスートリア魔法学園の学園長「真久集」。呼び方はご自由に。決して怪しくはないので身構えないでくても大丈夫だ」
俺たちの気持ちを見抜いたのか、真久…さんはそう言うと続ける。
「異世界人は君たちが最後だから、この後学園案内担当の先生から学園の説明があります。スートリア魔法学園は雷斗くん、理兎くんがこれから通っていただく場所ですので案内はよく聞くように」
真久さんは淡白にそう告げる。ずっと情報を流し込まれ続けている俺の脳はパンク寸前。表情はおそらく固まっているだろう。
そんなこともお構いなしに、真久さんは手元に持っている棒のようなものを、今度は俺たちに向かって一直線を描くように振った。
目の前が真っ白になったかと思うと、俺たちは一人の女性の前に立っていた。
20代前半といったところだろうか、短めのケープに近いコートが特徴的な、黒基調デザインの服を着ている。スーツとはまた違うようだ。
女性は急に現れた俺たちに驚きもせず、ニコリと明るい笑顔を見せた。
「こんにちは。私はスートリア魔法学園恋愛科所属の教師「甘野みあ」。二人ともよろしくね!」
「あの、魔法学園ってなんですか?」
挨拶への返事前に、ずっと思っていた質問が俺の口からこぼれた。
「あれ、聞いてないの? 異世界案内人に?」
「雷斗の異世界案内人、アクセサリーの使い方くらいしか教えてなかったそうです」
驚いた、というよりは怪訝な顔で甘野さんはこちらへ目を向けた。
「本当に…? えっとね、魔法学園はきみたの世界でいう学校のことで、ここで生きていくためのことを学んだりするところ。異世界人も、ここで生まれた人達も絶対通わないといけない」
「で、僕たち異世界人はそこに集合するように言われている。アクセサリーをくっ付ければ転送される仕組みらしい」
なるほど。短時間で起きたことに脳が追いついたような気がする。
大量の情報を処理し終えると、案内人への怒りがふと込み上げてきた。拳を握りしめ、笑顔を作る。
「俺の案内人、どんだけ情報落としてないかがよくわかった気がします」
「雷斗、目が笑ってない」「司咲くん落ち着いて…」
二人がそっと俺をなだめる。一発触発とまではいかないが、硬い空気が流れる。
そんな空気感の中、おい、とぶっきらぼうな声が背後から聞こえる。振り返ると真久さんと似た格好の背の高い男性が柱に寄りかかり、じっとこちらを見ている。
「恋愛科、そいつらは誰だ? 見ない顔だが」
「転生者だよ。留佳さん」
へぇ、と留佳さんと呼ばれた男性が呟き、柱からそっと体を起こす。
「こんにちは。俺の名前は「夜呂留佳」。ここの拷問科の教師」
夜呂さんが挨拶するなり、ヒュッと短い風切り音が聞こえた。夜呂さんが俺の目の前に現れる。
驚くひまもなく、夜呂さんが俺に手を伸ばして、くいっと俺の顔を上げる。急に視線が上がり、不敵な笑みを浮かべる夜呂さんと、ばっちり目が合う。
本当の俺はとっくの昔にどこか遠いところに行ってしまった。
そう思っていた──
「また学年一位司咲くんだって」
「運動もできるんだっーて。怖いよね」
「でも人間味なくね?」
賞賛、憧れ、妬み、陰口、学校に行けば向けられる数々の感情、言葉。でも、それらは、俺に向いているものではない。
真面目。成績優秀。品行方正。これが仮面。
不良。根っからのギャンブル気質。いつも通りの日常をつまらなく思い、非日常な出来事を好む。これが〝多分〟本当の俺。
優等生の仮面を常に被っている。基本、一人のところでのみその仮面は剥がさない。
幼い頃のトラウマが俺をそうさせた。
今日も変わらない学校生活が過ぎ、下校時間。早く帰りたい、その一心で校門を横目に、走る。風を切る音が心地よい。
息が少し上がったタイミングで足を緩める。一息ついたそのとき、ぽつりと俺のほおに雨粒が当たった。雨。リュックから傘を探すが、ない。
探している間にも雨は勢いを増し、ざあざあと大きな音を立て始めた。
まずい。俺は慌てて走り出す。バッグにつけているアクリルキーホルダーが缶バッチとぶつかりカチャン、カチャン、と音を鳴らす。
手を回し、缶バッジに当たっているキーホルダーをどかしつつ、俺は家へと続く道をとにかくがむしゃらに走った。
五分程度走ったところで身体に当たる雨の感覚が無くなった気がする。ゆったりと步を緩め、顔を上げる。すると、目の前に広がったのは俺の全く知らない風景だった。
荒廃したビルが多く立ち並ぶ路地のような殺風景な風景。目の前には古びたビルが三件ほど建っている。息を切らしながら俺はぎゅうっと自分のほっぺをつねった。鈍い痛みが走る。
「夢、じゃないか」
状況を理解すると同時に、素早くポケットに手を入れスマホを確認する。圏外。
スマホをポケットにしまい、再度顔を上げる。俺の目に映るものは変わらず古びたビル。
さて、どうしたものか。何もしなくても変わらないだけだ。とりあえず歩いてみようとビルから視線を外す。
出口を探すためにしばらく歩いていくと、不自然な一軒のビルが目に留まった。他のビルとは違いかなり新しい。おそらく新築だ。
あからさまに怪しい。気をつけつつ、そのビルに歩み寄る。
ビルの前に立つと、圏外のはずのスマホがブーと鳴った。気のせいか。
ポケットに手を突っ込みスマホを引っ張り出す。通知が一件届いている。内容は──
〝目の前のビルに入れ〟
入ってすぐ、小さなテーブルとその上に乗っているクマのぬいぐるみが目に付いた。
触っていいのか。恐る恐る手を伸ばす。
「雷斗。こんにちは!」
急に聞こえた声に、触れかけていた手をびくっと引っ込める。
この時点、いや、ほとんどの人はこのビルにすら入ろうとしないだろう。おそらく叫ぶか逃げている。だが、俺の場合はギャンブル気質なこともあり、好奇心が勝った。
引っ込めた手を再び伸ばし、ぬいぐるみを掴む。顔の前に持ってくると、まじまじと吟味する。
「ジロジロみないで!」
視線に耐え切れなかったのかぬいぐるみが叫んだ。キーンと声が俺の耳を貫通して脳裏に響く。
あまりの大声に表情を歪めている内に、ぬいぐるみは俺の手から消えていた。慌てて周囲を見渡すと、ぬいぐるみは最初の小さなテーブルに座っている。その視線には怒りが滲んでいた。
無言の圧に気付きつつも、もう一度ぬいぐるみに近づく。
「バカなの? 明らかに近付かないでって言ってる」
ぬいぐるみ相手だったからなのか、不思議と仮面は被ろうと思わなかった。
「バカではない。状況を聞けるのはお前しかいないだろう?」
ぬいぐるみの視線がじろりと、値踏みするような視線へ変わる。
「そう。ボクはラキ、雷斗の異世界案内人。異世界案内人は選ばれた転生者、この場合は雷斗を異世界へ案内する係のこと」
なかなかの早口で語られた言葉の現実味のなさに、絶句する。
まぁ、元々この状況も割と現実味はないんだが…。
「つまり、俺は漫画とかでよく見る異世界転生ができるってことか…?」
もしそうだとしたら面白い。俄には信じ難いその考えが本当なのか知りたく、口にする。
「そうだよ」
ラキは淡々と俺の言葉を肯定する。おそらく笑みを浮かべているであろう俺に、ラキはすっと畳まれた、おそらく何か書いてあるだろう紙を5枚差し出してきた。受け取って開く。
小さくカサリ、と音を鳴らして開いた紙にはそれぞれ、〝剣士世界〟〝言霊世界〟〝魔法世界〟〝妖狐世界〟〝悪魔世界〟と文字が綴られている。書かれた文字を一瞥し、視線をあげると、ラキはただニコニコと微笑んでいた。
「選べってことか?」
俺は微笑んでいるラキに質問を投げかける。
「物分かり悪すぎ。雷斗が転生する世界を選んでってこと」
俺にとってあまりにも都合が良すぎる。ここはやはり夢なのでは…。頬を再度つねる。鈍い痛みが走り、ここが現実であることを知らされる。
ここは現実か…。まぁ、ここまでで起きたことを見れば意外に十分あり得る話だ。
いつもの道を通ったのにここに着いたり、ぬいぐるみが喋る、さらには動く、そんな状況になっているだけで理由にはなるだろう。
手に持っている五枚の紙に綴られた文字を読み、熟考する。正直全部行きたい。渋々一つに絞り。
「選べと言うならこいつだ」
言いながら俺は五枚の紙のうち一枚をラキに見せた。
ラキはその紙をじっと見てわかった、と告げると俺にダイヤのスートがあしらわれたチェーンピアスを渡した。
「つけて」
受け取りそっと耳につける。
「つけた? それは雷斗が選んだ世界と現実を行き来するトリガー。そのスートについているボタンを押すかピアスを取り外せば現実に、ピアスをつけると雷斗が選んだ世界に行ける。ちなみにそのピアスは意思表示を心でしないと基本動かないから」
「ふーん」
またまた面白そうなアイテムが出てきた。半信半疑ながらも、好奇心の赴くままに、俺は心にそっと向こうの世界へ、と念じる。小さな光が俺を包んだ。
どれぐらい経ったかわからない頃、意識が覚醒し、ゆっくりと目を開く。開いた俺の視界に映ったのは、ここが現実世界ではないことを示すかのような光景だった。
空を飛んでいる布、歩くポスト、そして、それをごく当たり前のようなこととでも言わんばかりに、普通に過ごしている住人。
「え?」
気づけば俺の口からは自然と戸惑いの声が漏れていた。そう、この景色は俺にとって全てが違和感だった。ぎゅっとほおをつねる。ほおに弱い痛みを少し感じる。ここは夢の中ではない──。
ここまできて、俺の完全に思考停止していた脳がようやくゆっくりと動き出した。
ここはどこだ?本当に転生…?面白いじゃないか。
不安や疑問の後に浮かんだのは、やはり好奇心からなる感情。状況を確認するために立ちあがろうとすると、一人の人影が俺を覆った。
誰だ。そっと顔を上げるとふわり、と誰かの髪の毛が俺の顔に当たる。
そこには俺の親友、「佐野理兎」がいた。理兎はふわふわとした雰囲気の男子。俺の1番の親友だ。
「っ理兎⁉︎」
驚き、思わず大声を出してしまった俺に理兎は視線を向け、立てた人差し指を俺の唇にそっと押し当てる。
「あんまり大声出したら目立つ」
「あ、ああ」
理兎のまさかの行動に俺は少しだけ、そう、ほんとに、うん、少しだけ戸惑った。
「うん。それじゃあ単刀直入に聞くけど雷斗も転生したの?」
「ああ、そうだ。雷斗もってことは理兎もか? そうならこの後何をすればいい?」
状況を把握したいからなのか、未知の地で知り合いに会ったからなのか、俺は息をつく暇さえもないような早口で、理兎を質問責めにする。
「早口すぎ、落ち着いて。そう、僕も転生者。雷斗は異世界案内人に何も言われてないの?」
「異世界案内人…。ああ、ラキのことか」
「雷斗の案内人はラキって名前なんだ。それでなにか言われなかった?」
そっとピアスに触れる。
「特に何も。このピアスの使い方ぐらいしか大して言ってなかった」
「そうなんだ。僕の案内人はこの世界に来たらまず何をすればいいか、転生者が何人か、このブレスレットについて、この世界についてとか全部教えてくれた」
理兎が腕についている、金属製のブレスレットを俺に向ける。
「案内人有能じゃん」
「まぁ、雷斗には僕が教えるよ」
そう言うと理兎はすらすらと情報を語り出した。
・この世界には魔法学園という学園があり転生者はそこへ通うこと。
・この世界に来たらまずはそこへ向かうこと。
・転生者は5人いること。
・転生者は全員特殊な金属で作られたアクセサリーを身につけていること。
・そしてこの世界では転生者はとても大事な存在であること。
「僕は魔法学園を探そうとしばらく歩いていたんだけど雷斗がいれば手間が省ける」
「それってどういう──」
俺が言い切る前に理兎は手につけているブレスレットを俺の耳にあるピアスにカチャリと当てた。
ポウと木漏れ日のような光がピアスとブレスレットから発せられ、俺と理兎を包む。周りの景色が一瞬で真っ白になり見えなくなる。不思議と眩しくはない。
白が引いていき、周りの景色が色付き始める。ようやく周りが認識できるようになっていく。それと同時に、俺の前に広がったのは大きな門。その後ろには高くそびえ立つ、アニメに出てくるような学園があった。
想像の倍は大きい。呆気に取られてぼうっとそこを見つめていると理兎がぽん、とおれの肩を叩く。俺が相変わらずの表情のまま理兎へ少し視線をやると、理兎も似た表情を浮かべている。
2人してしばらく固まっていると、「理兎くーん、雷斗くーん」と門の方からから呼ぶ声が聞こえた。
学園から視線を外し、真正面の門へ視線を向ける。1人の男性が門の前に立っている。
スーツに近しい服を着ており、大体二十代後半程度に見える。あくまで遠目の感想だが。
誰…?おそらく隣の理兎も同じことを思ったのだろう。
俺たちが動かないのをみて男性は腰に手を回し、棒に近しい物を手に取り、それを振った。門の前にいたはずの男性が俺たちの前に現れる。
「理兎くん、雷斗くん、こんにちは。私はスートリア魔法学園の学園長「真久集」。呼び方はご自由に。決して怪しくはないので身構えないでくても大丈夫だ」
俺たちの気持ちを見抜いたのか、真久…さんはそう言うと続ける。
「異世界人は君たちが最後だから、この後学園案内担当の先生から学園の説明があります。スートリア魔法学園は雷斗くん、理兎くんがこれから通っていただく場所ですので案内はよく聞くように」
真久さんは淡白にそう告げる。ずっと情報を流し込まれ続けている俺の脳はパンク寸前。表情はおそらく固まっているだろう。
そんなこともお構いなしに、真久さんは手元に持っている棒のようなものを、今度は俺たちに向かって一直線を描くように振った。
目の前が真っ白になったかと思うと、俺たちは一人の女性の前に立っていた。
20代前半といったところだろうか、短めのケープに近いコートが特徴的な、黒基調デザインの服を着ている。スーツとはまた違うようだ。
女性は急に現れた俺たちに驚きもせず、ニコリと明るい笑顔を見せた。
「こんにちは。私はスートリア魔法学園恋愛科所属の教師「甘野みあ」。二人ともよろしくね!」
「あの、魔法学園ってなんですか?」
挨拶への返事前に、ずっと思っていた質問が俺の口からこぼれた。
「あれ、聞いてないの? 異世界案内人に?」
「雷斗の異世界案内人、アクセサリーの使い方くらいしか教えてなかったそうです」
驚いた、というよりは怪訝な顔で甘野さんはこちらへ目を向けた。
「本当に…? えっとね、魔法学園はきみたの世界でいう学校のことで、ここで生きていくためのことを学んだりするところ。異世界人も、ここで生まれた人達も絶対通わないといけない」
「で、僕たち異世界人はそこに集合するように言われている。アクセサリーをくっ付ければ転送される仕組みらしい」
なるほど。短時間で起きたことに脳が追いついたような気がする。
大量の情報を処理し終えると、案内人への怒りがふと込み上げてきた。拳を握りしめ、笑顔を作る。
「俺の案内人、どんだけ情報落としてないかがよくわかった気がします」
「雷斗、目が笑ってない」「司咲くん落ち着いて…」
二人がそっと俺をなだめる。一発触発とまではいかないが、硬い空気が流れる。
そんな空気感の中、おい、とぶっきらぼうな声が背後から聞こえる。振り返ると真久さんと似た格好の背の高い男性が柱に寄りかかり、じっとこちらを見ている。
「恋愛科、そいつらは誰だ? 見ない顔だが」
「転生者だよ。留佳さん」
へぇ、と留佳さんと呼ばれた男性が呟き、柱からそっと体を起こす。
「こんにちは。俺の名前は「夜呂留佳」。ここの拷問科の教師」
夜呂さんが挨拶するなり、ヒュッと短い風切り音が聞こえた。夜呂さんが俺の目の前に現れる。
驚くひまもなく、夜呂さんが俺に手を伸ばして、くいっと俺の顔を上げる。急に視線が上がり、不敵な笑みを浮かべる夜呂さんと、ばっちり目が合う。