※本書はオーストラリアドルを、ドルと記載。当時(2002年)のレートは、1ドル=71~74円。
1. ワーホリらしくないワーホリ
「ホントにワーホリ?」「えっ、ワーホリだったんですか?」
1年間、よくそう言われた。
一般的なワーキングホリデーのイメージというのがTシャツにジーンズ、ビーチサンダルというスタイルで、私がそれに当てはまらなかったからだろうか。実際、私もワーホリはそういうものだとずっと思っていた。渡豪してすぐ旅行会社のオフィスで働くようになり、日本にいたときの通勤スタイルと全く変わらない恰好をしていたせいか、自分がワーホリだということをよく忘れた。
現地に永住している日本の旅行代理店時代の友達と話していても、「今日、ワーホリの子が来てさあ・・・・・・あっ、そういえばNさんもワーホリだったっけ」なんて途中で改めて気づかされたりした。
普段、よっぽど聞かれない限り、「私はワーホリです」と自分から言うことはなかったし、3カ月経って仕事を終えるとき、挨拶をして初めて私が実はワーホリだったと知る人も多かったと思う。
ワーホリにはいろんな人がいる。比較的多いのは、初めの1~2カ月は語学学校に通い、その後仕事を見つけて、「同じ会社で働けるのは3カ月まで」という規定通り3カ月間働き、ラウンド(オーストラリア国内一周旅行)に出るタイプ。人によっては3カ月後に同じ都市で別の職場に移ってもう3カ月間働いたり、ラウンドの途中の都市が気に入ってそこで仕事を見つけて少し落ち着いたりする人もいる。そんな「典型的なワーホリスタイル」を無視して、1年間ラウンドにも行かずにケアンズでずっと働き続けていたことも、「ワーホリらしくない」と言われた理由の一つだったと思う。
オーストラリアはものすごくい広い。普通に日本から旅行したら、一度の旅行でシドニーもメルボルンもパースも、エアーズロックもアリススプリングスも・・・・・・なんていったら一体何日かかるのか、いくらかかるのか分かったもんじゃないけれど、ラウンドなら少なくとも時間はたっぷりある。多くのワーホリがそうするように、バスや列車で何日もかけて都市間を移動し、バックパッカーズに泊まって宿代を浮かし、自炊をして食費も浮かす。何日なんてケチくさいことを言わずに何カ月もかけて、気に入った都市では多少滞在を長くしたり、途中で友達になった人の家に泊めてもらったりして自由に旅をする。体力と時間のある今だからこそできる貴重な体験だと思う・・・・・・なんて偉そうなことを言っている私は、全く体験していないのだけれど。
私は私なりに考えがあって、ずっとケアンズにいた。今回の目的が「ケアンズの旅行会社で働くこと」だったし、実際その仕事が楽しかったから。正直言って、渡豪前から「エアーズロックに行きたい」とは全然思わなかった。みんなには、「えー、なんでー?せっかくワーホリ来てるのにもったいなーい!」と驚かれたけど、「だって、ハエが多くてハエよけ網をかぶらないとダメって聞いてるしぃー」とハエのせいにしていた。
もともとが面倒くさがりのせいか、「この歳でバスで長距離移動はキツイよなー」「メルボルンとアデレードとパースはまだ行ったことないから行ってみたいけど、行くとしたら飛行機だな。バッパー(バックパッカーズ)も泊まったことないし、安いとこでいいからホテルがいい」と甘ったるい考えでいた。この考えはさらに甘ったるいものになり、結局実現したのは「メルボルン4泊5日パック旅行(もちろん飛行機利用、安ホテル泊、しかも姉と一緒)」のみだった。予算と日程の都合がつかず泣く泣く諦めたけれど、パースには行っておきたかった。もちろん飛行機利用、安ホテル泊が条件で。
「キレイなおうちとおいしい料理」が私のイメージだと、別れ際に出会い帳に書いてくれた友達がいる。料理の方はさておき、確かに私は後半5カ月間ワーホリらしくない家に住んでいた。シェアハウスといって一軒家を何人かでシェアするのがワーホリの間で一番ポピュラーなスタイルで、私も初めの7カ月間はそうしていた。もっとも、ハウスではなくユニット(アパートのようなもの)のシェアで、オージー男性と日本人女性の夫婦と同居していた。
ただでさえ、見知らぬ他人と同居するというのはお互いに気を使うし、気が合わなかったらもう最悪の状態だ。私の周りでもシェアハウス関係のトラブルは多く、常に誰かが引っ越し先を探しているような状況だった。私もまあ、いろいろあって引っ越すことを決め、日本でもしたことのない「夢の一人暮らし」が海外で実現した。ユニットでの一人暮らし、しかも2ベッドルームなのに一人暮らしなんて、誰が見てもワーホリには贅沢すぎる。もちろん家賃は以前の倍以上だったけれど、それでも場所の便利さとキレイさ、何よりも一人暮らしの快適さには代えられなかった。
周りの「ワーホリの常識」をことごとく覆した私の1年間は、こんな感じで過ぎていった。
🐠ここから先は有料部分です。
次は長期滞在と仕事をするにあたって必要な手続きについて書いた「2. 手続きてんこ盛り!」です。ぜひご覧ください😊
※本書はオーストラリアドルを、ドルと記載。当時(2002年)のレートは、1ドル=71~74円。
1. ワーホリらしくないワーホリ
「ホントにワーホリ?」「えっ、ワーホリだったんですか?」
1年間、よくそう言われた。
一般的なワーキングホリデーのイメージというのがTシャツにジーンズ、ビーチサンダルというスタイルで、私がそれに当てはまらなかったからだろうか。実際、私もワーホリはそういうものだとずっと思っていた。渡豪してすぐ旅行会社のオフィスで働くようになり、日本にいたときの通勤スタイルと全く変わらない恰好をしていたせいか、自分がワーホリだということをよく忘れた。
現地に永住している日本の旅行代理店時代の友達と話していても、「今日、ワーホリの子が来てさあ・・・・・・あっ、そういえばNさんもワーホリだったっけ」なんて途中で改めて気づかされたりした。
普段、よっぽど聞かれない限り、「私はワーホリです」と自分から言うことはなかったし、3カ月経って仕事を終えるとき、挨拶をして初めて私が実はワーホリだったと知る人も多かったと思う。
ワーホリにはいろんな人がいる。比較的多いのは、初めの1~2カ月は語学学校に通い、その後仕事を見つけて、「同じ会社で働けるのは3カ月まで」という規定通り3カ月間働き、ラウンド(オーストラリア国内一周旅行)に出るタイプ。人によっては3カ月後に同じ都市で別の職場に移ってもう3カ月間働いたり、ラウンドの途中の都市が気に入ってそこで仕事を見つけて少し落ち着いたりする人もいる。そんな「典型的なワーホリスタイル」を無視して、1年間ラウンドにも行かずにケアンズでずっと働き続けていたことも、「ワーホリらしくない」と言われた理由の一つだったと思う。
オーストラリアはものすごくい広い。普通に日本から旅行したら、一度の旅行でシドニーもメルボルンもパースも、エアーズロックもアリススプリングスも・・・・・・なんていったら一体何日かかるのか、いくらかかるのか分かったもんじゃないけれど、ラウンドなら少なくとも時間はたっぷりある。多くのワーホリがそうするように、バスや列車で何日もかけて都市間を移動し、バックパッカーズに泊まって宿代を浮かし、自炊をして食費も浮かす。何日なんてケチくさいことを言わずに何カ月もかけて、気に入った都市では多少滞在を長くしたり、途中で友達になった人の家に泊めてもらったりして自由に旅をする。体力と時間のある今だからこそできる貴重な体験だと思う・・・・・・なんて偉そうなことを言っている私は、全く体験していないのだけれど。
私は私なりに考えがあって、ずっとケアンズにいた。今回の目的が「ケアンズの旅行会社で働くこと」だったし、実際その仕事が楽しかったから。正直言って、渡豪前から「エアーズロックに行きたい」とは全然思わなかった。みんなには、「えー、なんでー?せっかくワーホリ来てるのにもったいなーい!」と驚かれたけど、「だって、ハエが多くてハエよけ網をかぶらないとダメって聞いてるしぃー」とハエのせいにしていた。
もともとが面倒くさがりのせいか、「この歳でバスで長距離移動はキツイよなー」「メルボルンとアデレードとパースはまだ行ったことないから行ってみたいけど、行くとしたら飛行機だな。バッパー(バックパッカーズ)も泊まったことないし、安いとこでいいからホテルがいい」と甘ったるい考えでいた。この考えはさらに甘ったるいものになり、結局実現したのは「メルボルン4泊5日パック旅行(もちろん飛行機利用、安ホテル泊、しかも姉と一緒)」のみだった。予算と日程の都合がつかず泣く泣く諦めたけれど、パースには行っておきたかった。もちろん飛行機利用、安ホテル泊が条件で。
「キレイなおうちとおいしい料理」が私のイメージだと、別れ際に出会い帳に書いてくれた友達がいる。料理の方はさておき、確かに私は後半5カ月間ワーホリらしくない家に住んでいた。シェアハウスといって一軒家を何人かでシェアするのがワーホリの間で一番ポピュラーなスタイルで、私も初めの7カ月間はそうしていた。もっとも、ハウスではなくユニット(アパートのようなもの)のシェアで、オージー男性と日本人女性の夫婦と同居していた。
ただでさえ、見知らぬ他人と同居するというのはお互いに気を使うし、気が合わなかったらもう最悪の状態だ。私の周りでもシェアハウス関係のトラブルは多く、常に誰かが引っ越し先を探しているような状況だった。私もまあ、いろいろあって引っ越すことを決め、日本でもしたことのない「夢の一人暮らし」が海外で実現した。ユニットでの一人暮らし、しかも2ベッドルームなのに一人暮らしなんて、誰が見てもワーホリには贅沢すぎる。もちろん家賃は以前の倍以上だったけれど、それでも場所の便利さとキレイさ、何よりも一人暮らしの快適さには代えられなかった。
周りの「ワーホリの常識」をことごとく覆した私の1年間は、こんな感じで過ぎていった。
🐠ここから先は有料部分です。
次は長期滞在と仕事をするにあたって必要な手続きについて書いた「2. 手続きてんこ盛り!」です。ぜひご覧ください😊