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宮瀬佳絵@Vtuber世界観/ノベライズ

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と、私エッセイ<おばあちゃん>

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宮瀬佳絵@Vtuber世界観/ノベライズ

2025年09月05日 21:25

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おばあちゃんと私

  先日、祖母の一周忌が無事に終わった。

 私の人生全部に対しているのが当たり前だった人。そんな人が、いつもみたいにシュウッと音を立てて颯爽と車か自転車で現れなくなるようになって一年と三ヶ月。

 庭からあの音が聞こえると、私はいつもどれだけ心が踊ったことか。

  おばあちゃん。

 このおばあちゃんというのは二人いる祖母のうち、近くに住んでいる方の祖母のことで、家から歩いて十五分くらいのところに家があった。幼い頃はよく遊びに行ったし、おばあちゃんもよく家にきてお茶をしていた。

 元気でよく働く人で、小さい頃はおばあちゃんの車に乗ってよく田んぼや畑に行った。一緒に行っても、ほとんどはおばあちゃんが一人でせっせと田んぼや畑の世話をして、私はただ近くの小さな水路に葉っぱを流して眺めたり、近くをうろちょろと歩き回って脳内で妄想の翼を広げていたりするだけだった。

  思い出は数え切れないほどあるけれど、強烈に覚えているのはおばあちゃんが「リンゴの唄」を歌う声と、そのもの悲しいメロディーだ。その歌を聴いている時に視界に入っていたおばあちゃんの家の古めかしい壁の見た目と、その壁を触った時に感じたざらざらとした質感はその曲とセットで記憶されている。

 幼稚園の時、父が怪我をし、母は出産の為に二人揃って入院している時期があった。その頃、私はおばあちゃんの家で暮らすことになって、幼稚園の送り迎えもおばあちゃんかおじいちゃんにしてもらった。おばあちゃんの子守唄の記憶は、たぶんこの時期のものだと思う。

  朝起きて、食事をして、幼稚園に行って、帰りに病院へ行って父と母を順に見舞い、またおばあちゃんの家に帰り、夜もおばあちゃんとおじいちゃんの寝室で眠った。私は元々寝つきが悪く、その上自分のいつもの布団じゃないと眠れない性質だったが、おばあちゃんが毎晩絵本を読んで子守唄を歌ってくれたお陰で、いつもと匂いの違う布団に戸惑いながらも私は安心して眠りにつくことができた。

  絵本は親戚か誰かのお下がりなのか、「こんな子いるかな」「ノンタン」などで、絵本が大好きだった私は家にない絵本と出会えることが嬉しかった。「リンゴの唄」以外にも、色んな唄を歌ってくれたのを覚えている。「もしもしカメよ」の歌なんかは、五番か六番くらいまであるけれど、おばあちゃんはそれも全部歌ってくれて、私はそれがとても嬉しかった。眠る前のことをこれだけ覚えているということは、相当寝つきが悪かったのだと思うし、おばあちゃんはそれに根気よく付き合ってくれていたということだと思う。

  おばあちゃんの家はいわゆる「ホンヤ(本家)」というやつで、昔ながらの横に広い家だった。昔は大所帯の時もあったと聞くが、その時は祖父と祖母、それから曽祖母の三人が暮らしていた。

  私が幼い頃におばあちゃんと暮らした当時の家は、トイレに行くのに暗くて冷たい廊下を歩かなければいけなかった。普段過ごしているご飯を食べる部屋や居間という安全地帯から離れているため、その廊下を一人で歩くのは心細かった。それから、その時はもう誰も使っていない二階の部屋へつづく階段は段差が急勾配なため行ってはダメと言われていて、その未知な空間という認識と単純に明かりが少なかったということからか陰気な気配を感じ、怖がりな私はその前を通るだけで背筋がゾクッとした。

  それでも、私はおばあちゃんさえいてくれれば大丈夫だった。おばあちゃんは時々私を背におぶって「走れマキバオー」を歌いながら長い廊下を走ってくれた。おばあちゃんが一体いつどこでそんな歌を知ったのか今でもそれはよく分からないけれど、振り返ればそれさえもおばあちゃんの愛情だったと感じている。

  そんなだから、私はおばあちゃんが家事や仕事で手が塞がっていて相手にしてもらえないと、とてもとてもつまらないと思っていた。 

  小学生になると、私はランドセルに家の鍵を入れて登下校した。基本的には家に母がいたのだけれど、時々いない時は自分で鍵を開けて入った。

 付近は今でこそご近所に家や店が建っているが、当時はまだ何もなく田んぼだらけの中に私の家だけがぽつんと一軒ある状態だったので、一緒の方向へ帰る子はおらず私はいつも一人で歩いていた。

  話す相手がいないのはとても退屈で、いつも頭の中で色んな妄想を膨らませていた。大体ドラえもんとポケモンの世界をごちゃまぜにして、ポケモンを連れて、ドラえもんの秘密道具を駆使しながら世界中を旅するのが好きだった。どこでもドアがあるから、サトシと違って妄想の中でもちゃんと学校にも行くという完璧な設定だ。

 そうこうして家に辿りつき、ふと顔をあげた時に庭におばあちゃんの車か自転車が置いてあると、私はとても嬉しくなった。何がどうこうという訳でもないのだけれど、私はおばあちゃんがいてくれさえすればほっとしたのだ。 

 先日、知り合いの方の話で、その方の息子さんに初めてキッズ携帯を買い与えたら、それ以降やたらとその子のおばあちゃんに電話をかけまくっているという話を聞いた。

 現代の子どもって感じがするなぁと、その話を微笑ましく母に言うと、母からは「あなたもよくおばあちゃんに電話をかけていた」と言われ面食らってしまった。

 そんなこと、すっかり忘れていた。母に言わせれば一時間程度のお留守番でも、私は途中でおばあちゃんに電話してしまっていたのだという。

 たったの一時間で?

 私は驚いたが、しかしよくよく思い出してみるとそうだったような気もする。

 「おばあちゃん、そっち行ったあげーか」

(そっちに行ってあげようか?)

 急にそう言うおばあちゃんの声を思い出した。とても嬉しい反面、頼ってばかりじゃ情け無いのかもしれない、と弱いくせに一丁前に「恥ずかしさ」を覚え始めたあの頃の気持ちと一緒に。

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