僕はずっと、自分は“できる側”の人間だと思っていた。
田舎の小学校では、双子というだけでちょっとした話題だった。
僕は短距離走が得意でリレーのアンカー、兄は長距離で表彰常連。
体育でも目立ち、運動会では名前を呼ばれることも多かった。
勉強も、塾に通っていたし、母が選んでくれた英語教材や通信教育もこなしていた。
「この子たちは賢いね」と言われることが、当たり前のような空気だった。
中学校に入っても、順調なつもりだった。
部活は野球部。1学年30人以上いる大所帯の中、
僕は中1のころから3年生に混じって試合に出ていた。
「努力したね」よりも先に、
「やっぱセンスあるよな」「持ってるね」って言われることが多くて、
どこかで自分は特別”だと本気で思っていた。
勉強だってそうだ。
塾に通っていたのは中2まで。
やめたあとも、定期テスト前に詰め込めば**「4」と「5」が並ぶ成績**は維持できていた。
「やればできる」
「今はやってないだけ」
そう思っていたし、実際それで何とかなっていた。
それに、派手でもないのに、年に2〜3人に告白されるくらいにはモテていた。
人間関係も、勉強も、部活も、
“普通にやってればそれなりにうまくいく”という感覚が、いつのまにか染みついていた。
高校に入ってすぐの国語の実力テストで、いきなり学年3位。
塾にも行ってない。受験勉強もまともにしてない。
それでも結果が出る。
僕は確信した。
「やっぱり俺は、できる方の人間なんだ」って。
――でも、このときの僕はまだ気づいていなかった。
本当の“勉強”も、“努力”も、“落ちる”という現実も、まだ何ひとつ知らなかった。
終わり
僕はずっと、自分は“できる側”の人間だと思っていた。
田舎の小学校では、双子というだけでちょっとした話題だった。
僕は短距離走が得意でリレーのアンカー、兄は長距離で表彰常連。
体育でも目立ち、運動会では名前を呼ばれることも多かった。
勉強も、塾に通っていたし、母が選んでくれた英語教材や通信教育もこなしていた。
「この子たちは賢いね」と言われることが、当たり前のような空気だった。
中学校に入っても、順調なつもりだった。
部活は野球部。1学年30人以上いる大所帯の中、
僕は中1のころから3年生に混じって試合に出ていた。
「努力したね」よりも先に、
「やっぱセンスあるよな」「持ってるね」って言われることが多くて、
どこかで自分は特別”だと本気で思っていた。
勉強だってそうだ。
塾に通っていたのは中2まで。
やめたあとも、定期テスト前に詰め込めば**「4」と「5」が並ぶ成績**は維持できていた。
「やればできる」
「今はやってないだけ」
そう思っていたし、実際それで何とかなっていた。
それに、派手でもないのに、年に2〜3人に告白されるくらいにはモテていた。
人間関係も、勉強も、部活も、
“普通にやってればそれなりにうまくいく”という感覚が、いつのまにか染みついていた。
高校に入ってすぐの国語の実力テストで、いきなり学年3位。
塾にも行ってない。受験勉強もまともにしてない。
それでも結果が出る。
僕は確信した。
「やっぱり俺は、できる方の人間なんだ」って。
――でも、このときの僕はまだ気づいていなかった。
本当の“勉強”も、“努力”も、“落ちる”という現実も、まだ何ひとつ知らなかった。
終わり