ダークファンタジー小説『王宮城下町の殺人鬼』 2

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二人は館の門を抜け、入り口の扉を開ける。

広間は真っ暗で、鎧や絵画などが飾られている。所々、朽ちており、ろくに手入れがされていない。二階へと続く、階段が見つかった。

階段の上に人影のようなものが、ぼんやりと見える。
柵に手を掛けて二人を見下ろしていた。
辺りにランプなどで明かりは付いていない。

「お前が殺人鬼か?」
ロノウェは訊ねる。
人影はまるで嘲り笑うように、二人を見下ろして笑っていた。

「お前らの相手は俺じゃない」
人影は闇の中から、何かを指差した。
何かが落下してくる。
それは、大量の鴉達だった。鴉の群れが二人へと襲い掛かる。

「ふざけやがって」
ロノウェは地面を剣で切り付けた。
すると。
床が盛り上がり、巨大な二本の腕が生え出てきて、人影へと襲い掛かる。

「貴様…………。俺の家を壊しやがって……」
人影は、何かを空中に放り投げると、跳躍する。
宙に、木片が浮かんでいた。
人影は、木片の上に乗っていた。
外では霧が少し晴れていた。

月明かりに照らされて、その人物の姿が浮かび上がる。
腰まで伸びた金髪に、女性的な服装。胸はビスチェで多い、腰までドレスをひるがえしている。美しき中性的な男、美麗な女装男子、というよりは、異常な性的倒錯を持った狂人といった印象を受けた。服の所々には血がべったりと乾いてこびり付いている。

殺人鬼。
「お前の名は?」
ロノウェは訊ねる。

「貴様が先に名乗れ」
「俺はロノウェという。王宮騎士団に所属している」
「ベレト。それが俺の名だ。お前はゴーレム使いだろう? 石や大地に疑似生命を与える」
「ああ。よく分かったな」
ベレトはシャンデリアの上に飛び移る。

「この屋敷は素晴らしくてな。いくつものカラクリが残されているんだ。たとえば、これを揺らすとな」
ベレトはシャンデリアの電灯部位をいじっていた。

すると。
どぱぁあ、っと。
雨あられのように、天井からナイフが雨となって降り注いでくる。

ロノウェは、咄嗟に自身の大地の魔法を唱えた。
すると、床が再びめくり上がり、ロノウェとセーレの二人の上に覆いかぶさる。

ナイフはあらかためくれ上がった床によって防ぐ事になったが、何本かは間に合わず、セーレの肩をかすめ、彼女の右太腿を激しく切り裂く。

「っ……ううぅ…………」
セーレが叫ぶ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。守ってくださって、ありがとう。私は不覚を取りました、貴方の足手まといになりたくない」
セーレは気丈に振舞っているが、傷は深そうだった。彼女は回復魔法は使えるが、ゆっくりと落ち着いた場所でしか使えない。

「ああ。女、女。その傷口、舐めたいな。綺麗な鮮血だ。真っ赤でとても綺麗だ」
ベレトは舌なめずりをして、セーレを見下ろしていた。
「この変態が。よくも……。お前の首を跳ね飛ばしてやるっ!」
ロノウェは、自身の手にする剣に強化魔法をかける。
「家の修繕代は誰に払って貰おうか? 取り合えず、貴様らの命で償って貰わないとなぁ」
月明かりに照らされたベレトは、何処か野生の肉食獣のように見えた。彼は両手に長剣の半分程の長さはあるナイフを手にしていた。

ロノウェとベレトの刃が交差する。
「あーあーっ! お前の皮膚から肉を削ぎ、骨をそのまま抜き取りたいなあっ!」
ベレトの瞳は血走っていた。
「お前はこの王宮にとって必要ない! 牢屋にぶち込むなんてしねぇよ。今すぐ死刑に処してやるっ!」

何度も、剣が交差していく。

ふいに。
ベレトは、左手のナイフを落としてロノウェの剣の刀身をつかむ。
何か知らないが、大きな隙が出来たので、右手のナイフだけで剣を受け止めている為、ロノウェはそのまま体重を押し込んで踏み込もうとした。

…………何かが奇妙だった。
剣がびくりとも動かない。
ベレトは数歩後ろに下がる。
ロノウェの剣は空中で斜めになりながら『固定』されていた。
ベレトは、再びロノウェに近付くと、彼の剣を持っている両手に触れる。
ロノウェは両手も動かなくなり、そのままガッシリとその場所に“固定”されている事に気付く。

痛みがその直後に襲い掛かってきた。
ベレトが落としたもう一本のナイフを拾って、ロノウェの左脇腹を斬り付けた処だった。

「……浅いな。服の下に鎖帷子でも付けているのか」
ベレトは今度はロノウェの首筋に刃を向ける。
ツツッーと、ロノウェの首に刃の切っ先が辺り、頸動脈の近くから血が流れ始める。

「いいなあ、いいなあ。動けない人間を痛めつけるのは。ちなみに」
殺人鬼は下卑た笑顔を浮かべる。
「俺の『物体を固定する異能』は、死にゆく命をしばらくの間、固定して激痛と恐怖に塗れたまま、バラバラになってもなお、生かし続ける事が出来るんだぜ」
恐ろしい事を口にしていた。

ベレトの言った事が正しければ、これまで彼が殺してきた人間は、酷く損壊、解体された惨殺死体になりながらもなお、意識と痛覚を保ち続けていたという事か。

「クズが。死んで償え…………っ!」
「お前もじきにそうなる、後ろの女もな」
ベレトは舌舐めずりをする。

ふと。
ベレトは、背後が異様に寒い事に気付いた。
気付くと、周りが異様に寒い。

雪だ。
室内に雪が降っている。

「『オーロラ・ダスト』っ!」
セーレが魔法を唱えたみたいだった。

猛吹雪が光をまとって、ベレトへと襲い掛かる。光の熱による熱さと、冷気の冷たさを全身に受けるという異様な痛覚に襲われる。威力こそ大きくはないが、それでもベレトに混乱を与えるには充分だった。
ベレトはのけぞりながら、聖女セーレを睨む。

「女、ただで死ねると思うなよ?」
「貴方こそっ! これまで、どれだけ残酷な事をやってきたんですか? でも、それも今日で終わりですっ!」
「ふん。俺の傷は浅いぞっ!」
ベレトは二本の刃を持って、セーレを斬り付けようとするが。

「『フラッシュ・スプラッシュ』ッ!」
カマイタチのような光の帯が、冷気をまとって襲い掛かり胴体に直撃したベレトは壁に激しく叩き付けられる。

「ロノウェっ! 傷を見せてっ!」
セーレはロノウェに近付く。

「大丈夫だ」
どうやら、ベレトにダメージを与えた事によってロノウェは空中に腕が固定されていた状態が治ったみたいだった。セーレが彼の脇腹を見ると、鎖帷子がえぐれて、腹の肉が少し切れて出血しているのが分かった。

「今すぐ治しますね」
セーレは彼の傷口に触れる。青白い光が現れて、ロノウェの腹の傷はみるみるうちに塞がっていく。

「卑怯だぜ。二人がかりできやがって、しかも、その女。複数の属性の魔法を融合させて使えるのか?」
殺人鬼は立ち上がった。

「ええっ。私は特別ですから」
セーレは攻撃魔法を放つ準備をする。
「さてと、殺人鬼。お前は能力はバレた。人間を非道に痛め付ける事に特化しているみたいだが、もうタネはバレた。お前は終わりだ」
「ふざけやがって…………」
ベレトは近くにあった甲冑のインテリアまで走る。

そして、甲冑の背後にあった何かのボタンを押した。
「言っただろ。ここは前の持ち主の創った、カラクリ屋敷だってっ!」
がたん、と。
ロノウェとセーレが立っていた地面が、大きく揺れる。
二人は勢いよく、地下へと落とされていく。

「畜生……。傷が痛ぇえ。これから、テメェらをじっくりなぶってブチ殺してやりてぇ処なんだが。背中が痛ぇえ。まさか、何処か折れてねぇえよな」
彼はぶつくさと言う。

「ゴーレム使いに、光と冷気の混成魔法使いか。やっかりな能力を使うな。畜生が、どちらか一人の時に確実に命を狙ってやるぜ…………」
そう言うと、ベレトは玄関の方に向かい、洋館を抜け出していった。

「おいっ! バジェリアッ! 逃走経路を調べろっ! 俺はもう逃げるぜっ! 連中をブチ殺せなかったから、やがて増援も来るだろうしなっ!」
殺人鬼は部下のコウモリに向かって叫んでいた。

地下で、ロノウェは殺人鬼の何処か臆病な感じに気付いた。
もしかすると、意外にも小心者なのかもしれない。

ならば、その心の弱さを狙えば倒せそうだ。


後日。
警備隊である騎士達が、ベレトの館に押し寄せてくる。

ロノウェ達が落ちた地下には暗い洞窟のダンジョンになっており、拷問部屋が幾つもあり、沢山の人間の死体が転がっていた、酷い拷問をされて死んだ形跡があった。殺人鬼の異能の力もあるだろう。まだまだ全貌が分からず、強力な能力を隠しているかもしれない。

ただ、ロノウェ達は殺人鬼を取り逃してしまった。

「すみません…………、逃げられました」
「いや、いい。奴のアジトを突き止めてくれて、犠牲者達の死体も見れた」
「それにしても、新たな犠牲者が出ますね」
「包囲網を張る。この王宮の女王陛下の街で何人たりとも凶悪犯罪などあってはいけぬっ!」
警備隊長の男は、強い芯が取っている。
あの殺人鬼が捕まるのも時間の問題だろう。

「だけど、もしかすると、もう街にいないかも」
ロノウェは思う。


ロノウェ達が殺人鬼ベレトと何度か相まみえる事になるのは、また後の話になる。





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