私は「ツインレイ」と言う言葉を追いかけると決める前の、それを知らず生きていた自分が羨ましかったのです。なんだか自由ではありませんか?

記事
コラム

何かの言葉に振り回されることなく、自分を生きているその自分が。



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私に還る(かえる)
https://coconala.com/blogs/2997019/209593

私は毎日日記を書くような女の子ではありませんでした。

ツインレイと言う言葉を追いかけはじめると、私は何か別人になって、何かを成さなければならないのかと感じていました。
でも、何をどうしても最終的に私でした。
だからダメなのだろうか? 何か間違っているのだろうか?
悲しんでしまった日々もあります。
だって、私にはそれしかないのです。

貴方は出遭った(であった)時点で私を認めて下さいました。
だから、私は私でよかったのです。過去を否定する必要はありませんでした。

でも、あの頃の私は何か、自分を追い詰めるように生きていたのも事実です。
なんだか死にたかったのです。ただ、死ぬ訳にはいきません。二十歳のころ一度、死ぬか生きるかの選択をしたのです。そして、私は生きると決めたのです。
しかし、日々の生活や心が整っていたかと言うとそうでもありません。
問題はありました。
その中で、よりよく生きたい。と言う気持ちもありました。

貴方は私に息の仕方を教えて下さったのだ、と思います。
私は貴方と連絡が取れなくなって、1人で生きていこうと決めました。だって、貴方がどこかで、見ていて下さるような気がしたのです。
だから万が一、次に会った時(それがあるないの問題ではなく、その時の私の気持ちです)、貴方が認めてくれた私が、悲しみに暮れていたらおかしいのです。

私が貴方に本気で甘えてはじまったわがままは誰にも言えません。だって、それは私と貴方だから通じることです。

そして、私はそこまで人に甘えられたのです。
私が現実に必要なことは、誰かに伝わるかもしれない。私は誰かに、甘えてみることにしました。もちろん、技術には言い値でお金を払います。
できすぎか、と言うほどにうまくいき、もっとないのか? となぜだか私のわがままはおかわりを要求されるに至りました。また、機会があればそこに伺いたいな。と思います。
私は自分の決断を、もう一度信じられるようになりました。

...

友達もできました。
私は自分の心の話ができる友達が欲しかったのです。
それはお金の関係では絶対にできなかった友達です。
私が、自分を進ませた先で、最高の友達となりました。
同時に、私は「女友達より彼氏を優先させる女になりたい」のです。
彼女たちとは今、連絡を取っていません。
大丈夫です。彼女たちと今後どうなるのかは、“約束”が知っています。

私は貴方に認めてもらって、ずっと向き合えなかった事柄と向き合うこともできました。
自分の奥底にあるモノと、その気持ちです。いくつかあるようですが、ここで全部は述べません。

...

私はずっと死にたかったですが、もう死ぬ必要はありません。貴方がどこかにいるこの世界で、生きていたいと思えるようになりました。
……先のことは現状述べられませんので、こういう表現になります。

私は「ツインレイ」と言う言葉を追いかけると決める前の、それを知らず生きていた自分が羨ましかったのです。
なんだか自由ではありませんか?
何かの言葉に振り回されることなく、自分を生きているその自分が。

特に、最後のひと月、貴方の愛に押されて過去を辿る旅に出た私は最高にかわいすぎます(その時ツインレイと言う言葉は知っていましたが、私には関係ないと思っていたのです)。

「ツインレイ」に進むと決める前と後では、私は別人のようでした。
でも、私が、私に還ると決めた時、その「最後のひと月の私」が帰ってきました。
おかえり。

それは得意なことは何? と聞かれると困る私です。
何が好きで何が得意か。私は自分を自分で確定し、存在を固定するのは嫌いなのです。だからそう言う言葉で説明したくありません。
でも、苦にならないこともあります。
食べるのが好きで、たまにお菓子を作ったり。
急にちょっとこだわって料理をすることはあれども、毎日はだいたいだったり。
あとは自分を着飾る方向ですかね……(これはクレームの宛先を探しています保留とします)。
まぁほかにもあるのでしょう。私が私のために、ちょっと行動できること。それは苦にはならないこと。
掃除は好きではありませんが、ここはきれいなほうがいいな。と思えばやります。毎日するとなると嫌になるので、気の向いた時に。

私が私のために、ちょっと私を楽しませるために行動できる私。
そんな私が返ってきました。

やっぱりずっと、私は私でした。
同時に、どこかで私は自分をないがしろにしていました。
「そんなこと言ったら嫌われる」と思って、できなかったこと。でもしてみたい。
それを平然として平気で生きている人間もいるのに、なぜ、私はそれができないのだろうか?
今なら、やってもいいんじゃないか?
そう思えるに至ったのは、貴方の愛がそこにあったからです。
まぁだーいぶ、葛藤しました。まぁまぁちょっと、泣き暮らしただけです。
大丈夫。

「ツインレイ」を知る前の私。
「ツインレイ」を知った後の私。

今はもう、すべて、私なのです。


***

私はずっと、ツインレイは「自分には関係ない」と思っていた自分が羨ましかったのです。

2021年12月
と、
2022年1月

私にはツインレイは関係ない。
と、
私はツインレイなのだろうか?

です。


また、2022/07/14 からこのブログでツインレイを語りながらも、
キリストのツインレイはユダ(女性)である。と、(7/19)
https://coconala.com/blogs/2997019/205585

2023/05/18 までタイトルはこれでした。
キャッチフレーズを変えました。
https://coconala.com/blogs/2997019/303369

ツインレイとは言いたくない。「≒(ニアリーイコール)」…ほぼ同じ。

「向こうの景色を見に行こう」


そのあともしばらく反抗期でした。最終的に決着を付けたのがここです。
私は例え反抗期(考えたら確かに反抗期だったようです)でも仕事はする女です。ただね。
https://coconala.com/blogs/2997019/407960

その反抗期で力任せに道連れにしてしまった人がいたことは確かです。←

た、たびはみちじゅれーよはなしゃけー(*ノ>ᴗ<)テ、テヘッ♡
Σ\( ̄ー ̄;)ソウジャナイダロ

2024/03/27 先月ですけどね。


***

2021年の12月の私が羨ましいをどうやって解消に至ったのかは、もはや「これ」と言うきっかけと言うより、目の前に必死になって、いつの間にか。と言う感じなのかもしれません。
解消したと言うか、しばらく忘れていました。
すっかり、忙しくて。

本当には忘れていません。
覚えています。
あの感情を。

気持ちは、気持ちなのです。


ずっと、それが心にあった時期もあります。
“貴方との再会のため”には、私は「それより前に幸せを感じてはいけないのだろう」と思っていました。
https://coconala.com/blogs/2997019/356585

それはツインレイと言う言葉を知っていても、私には関係ないと思っていたころです。


今にして考えたら、私は貴方と出会ったその時が一番幸せだったのかもしれません。

だって、ツインレイを知ってから、こんな思いをするくらいなら知りたくなかった。とすら思いました。

……。
そんなことを、考えたい訳じゃないのです。

でも、そんな風に貴方を責めたくなることもありました。

...

話をわかりやすく「花」で例えてみることにします。

つまり、最初に貰った花をドライフラワーにしていつまでも楽しむことを否定している訳じゃないんです。
貴方もそうでした。

ただ、季節にあった花を贈りたい。とか。ちょっと買ってきた。とかあるじゃないですか。
まぁ、言っちゃえば贈りたい花はもっとある訳です。


でも、私ってば、

新しい花を受け取ったら、最初のドライフラワーを取り上げられるのか。

と、思っていました。←


……。
花瓶を増やす。とか。
新しく貰った花はお風呂に使う。とか。
ドライフラワーをハーバリウムにする。中身の見える箱に入れる。とか。
写真に撮っておく。とか。

まぁ、いろいろあったんですよね……。今にして思えば。←

それこそ、私の好きにすればよかったのです。

さらに言うなら、そこに必要な何かだって貴方が用意してくれるのです。


“愛”は何かで交換されるものではなかったのです。

...

だからやっぱり、私は貴方に会えたそのことが幸せだったのです。

貴方と言う人が、そこにいてくれる。と、そのことが。


だけど、もっと欲しい。と。

どんどんと欲張りになっていく私もいました。

私はわがままで、それで貴方に嫌われたらもう、生きて行けないかもしれません。

私はそこまで、何かを、感じていたのです。


***


私は、やっぱり、貴方と出会えて、幸せなのです。


***

前に、書きましたけど。
ツインレイでサイレント(分離)は辛い・苦しい・再会のためにこれが必要・こうすべき。みたいに刷り込んでくる業界が嫌いなのです。
https://coconala.com/blogs/2997019/387640

また、その当時あったこともそれはそれでいいようです。

私が感じたそれでいい。と。


貴方は、私が考えたことを無駄にすることはしないのです。


貴方は、私が考えたことを無駄にすることはしないのです。


私は、貴方の瞳に、
https://coconala.com/blogs/2997019/305337

貴方に愛されている私が映っているのを、

見ることを望んでもいいのでしょうか。
***
「物事を俯瞰して見ましょう」って言うじゃないですか。「貴方に愛されている私」と言う恋愛小説があったら、読めない訳ですよ。←
https://coconala.com/blogs/2997019/362803

だって、恥ずかしいじゃないですか。

...

「貴方に愛されている私がこの地球上に存在する」と言う「その存在(事実)」を、

私は、なんかどっかで見ているような気持ちにもなる訳です。

...

「貴方に愛されている“その私が”この地球上に存在する」

その事実(存在)を、私が受け入れる。


なかなかにねぇ……。
なーかなかにねぇ……(  ̄- ̄)トオイメ...。
時系列を考えると色々出てくるのです。
いつから? どこで? みたいな。

あとで尋問の時間を取ってやる! と意気込んでいたこともあります。
まぁ、質問攻めにする必要はもうないかもしれませんが……。
聞きたいことは色々あります。←


私ってば、シャイなんですかねぇ……。←
奥手。みたいな。

ゆっちゃうと、完全にこじらせているようにも思います。

恋愛の経験値は低いのかもしれません。


改めて考えるとやっぱり恥ずかしいです。

でもまぁ、ずいぶん慣れたものです。←
***
私は失われないのです。
https://coconala.com/blogs/2997019/380256

私の知らない私も、私が認めたくない私も、私からは見えない私も、私なのです。

貴方が、私のすべてを愛して下さるのです。


私は貴方の愛に応えたいと、
貴方の愛を受け取りはじめて、
なんだか怖くなってしまって。
いつか、捨てられるんじゃないかと考えて、
そんなことないと思いながら、どうしても。
何かの証明を、どこかに、これです。と、示さないといけないのかと思って。

そうなったら、一方的に貴方を思っている時がどんなに楽だったか。
この気持ちが届かないものとして胸にしまっていたままでよかったんじゃないか。

だけど、思いが通じていると知ってどんなにうれしかったでしょうか。


好きな人を好きだと言える自分が、貴方に愛されている私がこの世にいていいんだ、と。

じゃぁ、貴方が好きな私は「私」でいいのだろうか? と過去を振り返りました。
良いことも悪いこともありました。
己が、人に良い顔をしたことも、何かを誤魔化したこともあります。

そして「貴方との未来」を考えました。
今のこの私で、いいのだろうか? だって、私は、私です。
私は私なのです。

何も変わりません。


いつでも、貴方の愛はそこにありました。

私は、失われないのです。

本当に。

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