小説『DNA51影たちの黒十字』(続ロザリンド物語) 〜12〜

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小説『DNA51・影たちの黒十字』(続ロザリンド・フランクリン物語) 〜12〜



     13       危険スモッグ

 サッスーン卿が所有する競走馬ピンザ号(2歳)は10月のニューマーケット競馬場でのデューハーストステークスもまた圧勝してレースを終えた。
サッスーン卿のピンザによるダービー制覇の夢はまた一歩現実味を帯びて膨らんでいく。

       ☆                       ☆

 11月末から12月にかけて倫敦では大問題が起ってきた。
スモッグ問題である。工場の動力源や冬の暖房源として石炭を燃やし過ぎているのが原因であった。倫敦では19世紀からこの問題が度々起きてきてはいたのだが、この年は特に酷く、1万人ほどが呼吸器疾患などの健康被害を被って死亡した。
 倫敦の中心部に位置するキングスカレッジロンドンは倫敦東部の工業地帯とも近いため、スモッグに覆われる日々が続いている。天候次第では自動車の運転さえも前方視界の不良にて困難となる始末である。このままでは、いずれは肺をやられてしまう。
 ついに、ロザリンドは倫敦西部のイーリング地区に住む友人宅に一時避難することにした。イーリングはアクトンの西方2kmにある閑静な住宅地ともいえる街である。 居住地を工場地帯から距離を取って離れた場所にしたとはいえ、暖房には石炭を燃やすので街には煤煙が不穏な様相で立ち込めている。しかも、勤務先の倫敦大学キングスカレッジが倫敦市街のほぼ中心部に位置していることには変わりはない。
 12月に入って状況はさらに悪化する気配だ。冬の寒気が倫敦の上層部に居座り、地上近くの低層気団をブロックして閉じ込め始めたのである。石炭燃焼による煤煙は行き場を失って倫敦市中に立ち込めている状態だ。ロザリンドは12月4日になって決意する。気団ブロックが解けるまでは休暇を取って倫敦を脱出しようと。

 このような悲惨な大気汚染の真っ只中、ロザリンドは一通の書簡がロザリンド宛で届けられていたことを思い出した。差出人は賢振寺大学のフランシス・クリックである。
 書簡内容は、細胞核酸様態に関してひとつの知見が得られたので、論文発表したいと思うが、その前にその新知見についてロザリンドの見解を聞きたいというものであった。
 大気汚染騒動にうんざりしていたロザリンドは即日で休暇届けを出すと、
父の伝手を頼って翌日から一週間予定でのニューマーケット滞在を予約した。


 倫敦は12月5日から大気汚染状態が最悪となった。倫敦上空に停滞した冬の寒気が全く動かず、スモッグが倫敦市内に完全に閉じ込められたからである。
 クリックからの新知見に関する連絡がある中、スモッグ対策として研究室の短期閉鎖も検討されていたところもあり、この極度の煤煙騒動の倫敦から一時脱出するため、キングス・クロス駅からニューマーケットへと向かう北行き列車にロザリンドは乗ったのだった。
途中、賢振寺駅に列車が停車した際、ロザリンドはクリック宛の手紙を投函した。
      『12月5日より一週間ほどニューマーケットに参ります。
       クリック様の都合の良い日が有ればご連絡下さい。
       連絡有れば、賢振寺大学を訪問いたします。
       滞在予定ホテルはジョッキークラブインです』

 広大な牧草地のうねりに囲まれるニューマーケットの街には清々しい新鮮な空気が満ち溢れていた。ニューマーケットの地は倫敦から北方に100kmほどは離れているので、倫敦の石炭スモッグの世界からは隔絶されているように感じられる。ロザリンドは思いっきり深呼吸をして倫敦石炭スモッグを浄化しようとするのだった。
 ロザリンドのニューマーケット滞在が始まって数日が経った頃、
驚くことにクリックの方から突然にロザリンドをひっそりと忍ぶが如く訪ねてきた。
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