私の、一番最初のサービス販売日を振り返ると、2018年1月14日とあった。
この時私は、外出できず、宅配サービスも使えず、備蓄の食材を食べて生きていた。
今では見知らぬ人が集まる勉強会にも顔を出せるし、行きなれた場所なら買い物にも行ける。
聞くだけでパニックを起こしていたラジオも、楽しめるようになった。
そんな私がココナラで得た経験は「自分のできることには価値がある」という実感に繋がっている。
ペンと紙なら刑務所にもある
2018年。
私は、仕事でたくさんの失敗をして、自己嫌悪のあまり、外出がほとんどできなくなっていた。再就職は、できずじまい。家族にも打ち明けられなかった。
幸い、仕事していた先からもらった給料は、生活費以外消費していなかったから、数ヶ月は生きていけるだけの貯金があった。
しかし、そこから先は、何も考えられない。
あちらの世へ行く勇気はなく、生きていくことしか選べなかった。
そんなある日。
ベッドの中で眠剤を飲み込みながら、ふと「13歳のハローワーク」という本を思い出した。
ペンと紙なら、刑務所にもある。
たしか、こんなニュアンスの言葉だったと思う。当時中学生だった私はこの文字を見て、小説は趣味とすることを決めた。
現実的じゃない、そう思ったから。
でも今の自分には、救いだった。
今の自分の手元には、パソコンがある。そして、ネットがある。この2つがあれば、現代なら仕事ができるし、文字が売れるんじゃないか?
必死になってパソコンを立ち上げ、眠剤の影響を感じながら調べた。
あった。
それが、ココナラに出会った瞬間だった。
今できるができている
ココナラの先駆者のブログを見ながら、見よう見まねでサービスを開設。ほんの500円の、サービスだった。
でも、1食分の代金には十分なる。
そこから運のめぐりあわせか、少しずつ依頼が増えた。たくさん依頼を受ける月もあれば、無い月もある。
やがて、完了したトークルームの件数は100件を超えた。
1件終わらせるたびに、思うのだ。
今できるが、できている。今できること、今やれることが、1個ずつでもできている。
お金をもらう意味
最近は、お金をもらう意味を考えるようになった。
最初は外に出られなかったから、何とかしてお金を稼ぐために選んだ手段だった。ココナラ以外にもクラウドソーシングをいくつか活用して、なんとか食べていけるだけの金額を稼ぐようにした。
なんとか、生きていきたい。そう思っていたから、お金をもらう意味など考えていなかった。
でも今は第三者に面と向かって関わることはまだ恐怖感があるが、絶対にダメ、とか、話せなくてカチコチになってしまうことは減った。
そして、この働き方を続けたいと思うようになった。
そのためには、もっと自分の価値を高めて、期待に応えられるようになりたいし、お金に見合うだけの成果をあげたい。
生きることしか考えていなかった自分が、外出でき、見知らぬ人とも話せるようになれたのは、ココナラで自分のできることに価値があると知ったからだと思う。
現代は求められる能力のハードルが高くなる一方で、自分に自信を持てるような体験が少なくなっているように感じている。たとえばパソコンは一定数誰でも使えるし、英会話も特別な能力じゃない。少し前なら「知らない」で問題なかったことが、あっという間に「知っていないと話にならない」へ変わっていく。
追いつけないままでいると、やがて自信をどんどん失っていく。
でも人間は、お互いに足りない点を補うことで今日まで生き延びてきた。ならば、お互いの得意を『お金』という共通の価値でやり取りできることは、自分の能力を欲しいと思う誰かがいる自信に繋がると思う。
もちろん、欲しいと思う能力にピンキリはあるし、過大申告や信頼しすぎることはよくないだろう。
しかしココナラで出品してみて、誰かに買ってもらえた時。
自分のできることには、どんな形であれ、価値があると実感できるだろう。