【サンプル】支払い、1円【小説】

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 真四角に切り取られた黄色いアイコンに、ブルーの文字ではっきりと書かれた言葉を、俺は思わず読み上げた。
「……『いじめられる権利券』?」
 俺はスマートフォンで『いじめ 権利』と調べていた。
 学校の宿題で、いじめを題材に自分なりの意見を作文で書くために調べていたけど、調べる言葉が悪かったかな。
 何故か、『いじめられる権利券』という、いかにも怪しいタイトルの広告が出てきた。
 普段はタップしないけど、やっぱり気になる。
 そうして中を見ると、ごくありふれたネットオークションサイトに繋がった。オークション形式で、その『いじめられる権利券』が売られている。1枚の価格はたったの1円で、何かのジョークとしか思えない。
「変なもんもあるんだな……」
  口ではそう言いながらも、脳裏に『幼馴染』の顔が過る。幼馴染の、園田美晴は、いじめを受けている。
 中学校に入ってから昔通りに付き合うのが、なんだかお互いに気恥ずかしくなった。それで何となく、女子グループと男子グループにそれぞれ分かれて所属してきた。
 そのうちに、どうやら美晴は女子グループ全体の恨みを買ってしまったらしい。らしい……としか俺が言いようがないのは、一緒にいる時間も減ったから、美晴がどうしていじめられているのか、まるで分らなくなってしまった。
 宿題は完成したものの、やっぱり、あの広告がどうしても気になった。
 翌日になり、 僕が登校すると、美晴は席についたまま小さくうなだれていた。

「おはよう、美晴」

 気にしていたせいだと思う。前のようについ声をかけたけど、美晴には無視された。でもその顔は、どこか悲しそうだ。

「美晴ちゃんひどーい」
「せっかく幼馴染が声かけてくれたのにぃ」

 きゃあきゃあと、周りで笑う声が聞こえる。
 美晴の真意も、周りの言葉も、どうとっていいか分からない。

 結局俺は、そこでは何のリアクションも返せなかった。ちょうど先生がホームルームのために入ってきたのをいいことに、席へ着く。
 でも脳裏には、美晴の哀し気な顔がこびりついて離れない。
 給食が終わり、俺は校舎の横にある非常階段の近くへ行った。涼しくて静かなその場所で、考え事をしたかったんだ。

 しかし、そこに、美晴がいた。

「美晴ちゃーん、約束守ったねぇ」
「幼馴染に声かられたのにちゃんと守ってくれた美晴ちゃんに、ご褒美だよ!」

 ばしゃっ、と水がぶちまけられる音がした。数人の女子が美晴を囲んで、雑巾入りのバケツを手に笑っていて。美晴は地面に座り込み、濡れた制服を抱きしめて泣いていた。
 頭の奥が、じん、と熱くなる。
 そこで思い出したのは、昨日見た、あの『いじめられる権利券』だった。

(もし……俺がいじめられたとしたら……。美晴を、助けられるんじゃないか?)

 俺は購入ボタンに指を伸ばし、そして確かにタップした。
 1円。されど、1円だ。
 スマホのキャリア決済を利用しているから、後で親にどんなことを言われるか分からない。
 しかしそんなことを、一瞬で忘れさせる出来事が起きた。
 雑巾入りの水をかけられて泣いていた美晴の制服が元通りになり、彼女の周りにいた人々は『楽しそうに笑っている』が、先ほどまでの嫌な笑い方ではない。

「ちょっと美晴、大丈夫!?」
「急に座り込んでどうしたの、転んだぁ?」

 美晴はごくごく普通の、これまでの哀し気な笑顔ではなく、楽しそうに笑っていた。

「……マジかよ」

 俺がこの権利を買ったことで、美晴のいじめが無くなったんだろうか。
 呟いた俺の声を聞きつけてか、女子たちがこっちを見た。その顔は、美晴に、ついさっきまでいじめていた美晴に向けていた顔と、よく似ていた。その顔の中には、美晴の顔もある。

「あ……」

 本当だ。
 本物だった。
 冷たい目で見られることの何十倍も、俺は驚いた。
 美晴をいじめていた女子たちは俺に標的を映し、いじめられていた美晴でさえ、俺をいじめる側に回った。悲しみより、俺は驚きと喜びに包まれる。
 誰かは知らないが、この権利を買おうとしていたやつとの戦いに勝ってよかった。
 にっこりと笑ってしまった僕に、女子たちがびっくりした顔をして、気まずそうに足早に去っていく。

「……これ、どうしようかな」

 俺のスマホの画像欄に、いつのまにかあの「いじめられる権利」と書かれた画像が入っていた。 
 黄色いアイコン、青い文字。
 しばらくそれを見てから、俺はそれを兄へ送った。俺のしたたった1円の決済を、親に可能な限り許してもらわなくちゃいけない。
 『変なサイトふんじゃった、どうしよう』と、あからさまに困惑した文面を添えた俺からのメールに、兄は『馬鹿かよお前』と端的な感想を返してくれた。

「そろそろ授業か」

 教室へ戻る。先ほどの女子たちも、美晴も、俺の方を見ない。無視されているのかな、と考えていた、その時だ。
 隣の博一が、

「広、教科書見せて」

 と、何でもないように言い出した。いじめるつもりは、無いみたいだ。
 拍子抜けするほど、その後は普通に過ごした。美晴にも帰り際にあいさつしたけど、前のようにはにかんで『ばいばい』と言ってくれた。

「もしかして……兄貴に送ったから?」

 スマホを開き、あの画像を探す。
 ない。黄色いアイコン、青い文字。あの画像は、どこにもない。
 兄にメールで送っただけだから、本当なら画像が残っているはずなのに。

「……兄貴、大学生だし、大丈夫、かな?」

 その後。
 キャリア決済のことは親に注意された。1円とは言え、訳の分からない買い物をしたからだ。
 とはいえ、申し訳なくなって、兄だけには俺の経験したことを話しておくことにした。

「と、言うわけなんだけど……」
「マジで? いや、うーん……実は俺も、お前にこの画像もらってから、大学の同期にシカトされてんだよ。妙なくらい突然でさ、それこそお前に画像もらってからなんだ」
「……本当?」
「マジだって。俺が高校でいじめ経験してなけりゃ、今頃心折れてたと思うよ」

 からからと笑う兄だが、目が笑っていない。

「……ごめん。本当にそういうことが起きるなんて、思ってなくて」
「いや、平気。そうだな、じゃあ試しにこの画像……」

 兄がそれを、『DLで漫画が買えるサイト』へアップする。価格は500円、期間限定のポイントで買える額らしい。 本当に売れるかなぁ、と、言うことはできなかった。
 だって、俺自身が買った張本人だもの。
 それから3日経つ頃には、兄から「売れたよ」と言われた。

「買う奴いるもんだな。好奇心ってやつ?」
「どう? 大学の同期さんからは……」
「売れた途端、普通に連絡来たよ。飲みに行こうって。……何だったんだろな、あれ」

 結局今も、それが何だったのかは分からない。
 でもあれ以来、俺は美晴とまた、前と同じように過ごすようになった。
 今もどこかで、あの券は売られているのだろうか。

 誰かのために、誰かが、買っているのだろうか。

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